秘めたあなたの言葉を手繰ればそこは、心理劇の空間単独的思考の響宴の場へようこそ校長 長谷川龍生

さあ、書きはじめよう。 ── ほんとうの自分をみつけるために。

大阪文学学校の概要

大阪文学学校の創立は、1954(昭和29)年7月です。 以来、文学学校は、70年にわたって、多くの文学者・芸術家の参加と協力のもとに、くらしのなかに埋もれている文学(文章)表現への夢と、 創作活動にかかわる喜びを求めつづけてきました。修了生は一万三千人を超えます。
詩や小説、エッセイなどを書くことで、何かをひとに訴えたい、自分の可能性をためしたい、世界をさらに広げたい、と思っているみなさん! 新しい仲間たちとの新鮮な出会いに賭けてみませんか。
大阪文学学校では、まず、ひとりひとりが自分のなかにかかえもっている切実さにむけて、それぞれの力で、ともかく何かを書くことからはじめます。 最初は日記の延長、日々のスケッチでかまいません。それを端緒にして、いままで見えていなかったものが、きっと見えてくるでしょう。 もちろん、本格的な詩や小説を書きたい、というあなたも大歓迎です。大阪文学学校は、あなたが会心作を仕上げるまで、じっくりつきあいたいと考えています。
あなたも来てみませんか。

文学! その価値に目ざめよう

文学はもともと、肉体の限界をのりこえるための知的渇望として発明されました。 忘却という記憶の腐敗をのりこえ、死後もなお自分の生の証を残すために。そして、どこまでも正確な伝達をおこないたいために。
今、ソクラテスを、シェイクスピアを、ゲーテを、ドストエフスキーを、万葉の歌びとを、そのまま私たちが享受できるのは、その文学のおかげといえます。 彼らは死んだが、文学がそれを永遠たらしめた!
私たちも文学を足場に永遠を目指そう。ちょっとキザかも知れませんが、それが私たちの主張です。

メディアが氾濫する時代のなかで

今日、映像を中心にしてさまざまなメディアが発達して、我らが愛する文学は、すっかり影がうすくなったようです。 日本の近代が、明治・大正・昭和と長年苦労して育ててきた〈人生と共にある文学〉はどこに行ってしまったのでしょう。 漱石も鴎外も学校の教科書にのる程度になってしまったのでしょうか。
もともと文学とは、想像力と言葉が一体化して花ひらいたジャンルです。 もし言葉が、私たちの生活にとってほんとうに抜きさしならないほど大事なものなら、言葉を使う創造は、人間のあらゆるものに介入し、関心を持ち、解明する大きな力をもっているはずです。

こう考えたら見えないものが見えはじめる

ふつう、小説では虚構(フィクション)が、詩では暗喩(メタファ)が、構造の根底と考えられています。
つまり、小説や詩は、自分以外のどんな世界でも自由に生きることのできるジャンルです。
もう一回青春があったら、と50歳のあなたが思うなら、ハタチの主人公を登場させて作品世界で生きるがよい。男のあなたが女になりたければ、それにふさわしいヒロインを登場させればよい。虚構とは、自分という限界をのりこえられるたった一つの魔法だ!
見えないものが見えはじめるとは、こういうことです。そして見えないものを見ることで、自分を大きく育ててみませんか。 それをたがいに刺激し合い、触発し合って、ともにやっていこうというのが<大阪文学学校>です。
学校というのは便宜上の名前、ほんとうは<心のオアシス><知的遊園地>あるいは<寺小屋><道場>などと名のったほうがよいのかも知れませんね。