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新入生「ハガキ1枚」課題、66名中34名から届いています。締切を1週間だけ延ばします【6/7まで】。未提出の方、急いでください◆作品発表・第4弾【通教・栗城陽子<79歳>/昼・渡邉久記<64歳>/昼・命音<17歳>】

今春の新入生66名のみなさんに、提出をもとめていた〈課題ハガキ〉は、今月末・31日(土)を締切日にしていました。今日現在、まだ34名の提出にとどまっています。
できるだけ、新入生全員に書いていただきたいですので、1週間だけ延ばして最終締切を6月7日(土)とします。まだの方、【できればメールで】お願いします。
提出作品は全て、お盆前に発行する予定の「文校ニュース」春期第3号に載せ、文校の多くの皆さんの眼に触れられるようにします。≪6/22通教部スクーリングのとき先行して、通教生の分だけプリント配布します。≫
課題のタイトル6つについては、5/2文校ブログを参照してください。

既着分の中から、とりわけ印象的な作品を紹介する《第4弾》として、栗城<くりき>陽子さん(通教部/79歳)、渡邉久記<ひさのり>さん(昼間部/64歳)、命音<みこと>さん(昼間部/17歳・高校生)3名の作品を取り上げます。
すでに文校ブログに載せた《第1弾》は通教・清野圭一さんと昼・東加奈子さんの作品(5/2文校ブログ)、《第2弾》は昼・信永真知子さんと通教・荒川光司の作品(5/10文校ブログ)、《第3弾》は昼・南田由芽さんと通教・松﨑貴子さんの作品(5/17文校ブログ)でした。   【小原】

        ☆       ☆ 

 文学学校入学にあたって
   栗城陽子(通・小説・塚田クラス/千葉県柏市)

 20代の頃、熱海だか箱根だかの社員旅行を欠席して、太宰治の青い全集を持ち、上野から北へ向かう夜行列車にぶらり乗っていた。風来坊の気質がある。
 そして社会に出て初めて就職した、気質に合わない大企業をさっさと辞めてしまう。人間関係はとてもよくて、2年ほどしかいない女子社員の送別会を盛大にしてくれた。
 時は経って77才喜寿の祝だ!と旅に出た。福岡博多の旅だ。あの日の送別会の幹事役だった親切な先輩が博多に移住している、と聞いて連絡をしてみる。
 お会いできた。聞くところによると私は退職理由を、文学の学校で学んでなにか書きたいのだといったとか、それでみんなで万年筆を送別品に選んだとか・・・・・・すっかり忘れて、長い長い年月がたってしまっていた。
 帰ってからは律儀に文学学校を探すことにした。思い出したことがある。昭和40年代のこと、東京の東中野にあった日本文学学校というところに夜少しの間通ったことがあった。学生運動はなやかなりし頃で勉強もせず落ちつかない日々だった。
 ある日こんなことを小耳にはさんだ。「大阪に同じような文学学校があって、そこはここより書くためには良いところらしい」と。
 昨年、東京新聞の小さな記事に、なつかしの大阪文学学校を見つけた。
 60年ぶりの邂逅であった。

        ☆       ☆

 私の歩んできた道
   渡邉久記(昼・エッセイ/ノンフィクション・谷クラス/吹田市) 

 子どもの頃は、ニュータウン子で、緑が多くてきれいに整備された街で暮らしていた。
 鼓笛隊でトランペットを吹いて、クラスでは合唱、放課後はバイオリンと音楽少年だった。お受験で勉強だけが残ったのに、甲陽学院に落ちた。理科で凹レンズの問題が解けなかったのを今でも覚えている。
 大学では司法試験を目指したが残念ながら届かなかった。大阪が好きだったので、大阪市役所で働くことにした。市民のために地道に仕事をして定年を迎えるはずだったのに、橋下市長とか、大阪都構想とかが登場して、激動の時代を迎えた。
 仕事もニュータウンみたいに整った道を歩むはずだったのに、実は崖っぷちだらけで、こんなはずじゃなかったということが沢山あった。自分の力だけでは乗り越えられないときは仏さまを祈って暮らした。おかげ様で、公務員人生の経験値はすごく上がったと思う。
 4月に公務員を卒業してフリーになった。相変わらず、老後も整った道を歩みたいと思っている。けれど、道草もしてみたいなあと思って、大阪文学学校に入れて頂いた。

        ☆       ☆

 私の歩んできた道
   命音(昼・小説・大西クラス/京都市) 

 僕のお城は壊れて、ただの砂になった。その由。
 創作には、思想が現れる。砂や石には、記憶が込められていると思う。小説を書いていると、自然と鏡みたいに自分を見る。
 譲れない夢に行き着くまで、僕は何度も悩んだ。何を始めるにしても不安になる。
 僕の場合、学校での出来事が僕のアトリエだった。
 踊り場で腰をかけ笑う好きな人に話しかけること、バスの帰り道、無言の中で友達に遊びを誘うこと、それらは、意識するほど難しく感じた。
 でも、同じくらい人が大好きだ。
 僕はあの時不安と怒りを感じていた。不安は、他人のために自分を繕い続けた自分への不信感。怒りは、したい、したくないが言いだせない。自分の抑圧への怒り。
 僕はその時、嫌われたくないと思っていた。その思いが、偏って歪んだお城を作りあげた。
 自分の心の虐待を見て見ぬ振りする。すると気づく。何かが少しずつ、消えて見えなくなってしまうことに。
 怒る時、怒る理由がわからなくなる。
 大切な時、本当の気持ちが空虚に感じる。
 それはとても、とてつもなく、寂しいことだと感じた。僕は僕の本当の気持ちを探すために小説を書く。
 仮想のキャラクターに縋るように、現実ではできないあんなことを書く毎日。でもいつかそれが、現実になるように。なると信じて。
 今度作るお城に、自虐の念は埋めない。
 だから僕は、またお城を作り始める。