在校生の作品

定行 真希
(通教部研究科/小説クラス)

足下から立ちこめる土や生物の生臭いにおいに智子は眉を顰めた。あたりはさきほどまで降っていた小雨で濡れており、水たまりを踏まないよう注意して歩く。大気はじっとりと水分を多く含み、智子が大股で水たまりを避けようものなら、皮膚に喪服の裏地がべっとりとはりついた。梅雨という季節はなんと過ごしにくいことだろう、智子はため息をつく。
「智子さん、足下気をつけてね。こけたら大変なんだから。陽平ちゃんと見てあげなさいよ」
 前方の駐車場で義理の母、ふみが車から出て言った。夫の陽平は頷き、智子は会釈をする。智子は今日で妊娠して十九週目に入る。出産の四十週まであと約半分。できることなら義理の祖父に孫の顔を見せてあげたかった。実際に遠方に住む義理の祖父に誕生後しばらくしたら会いに行く計画を夫としていたところだったのに。奇病にかかり、日常生活に呼吸器と杖が必要となって、体調が思わしくないことは知っていたが、まさかこんなにはやく逝ってしまうとは。智子自身の祖父は父方も母方も亡くなって数年たつ。結婚が遅かったため、式に呼ぶことすらできていなかった。
 火葬場に親族が集合すると、火葬場の職員が骨となった義理の祖父の亡骸に合掌し、骨の部位について説明をし始めた。
 のど仏はこのように仏がいるような形をしているからのど仏という名前がついております……このあたりの骨がほとんど残っていないのは骨粗鬆症のため骨がもろくなっており……これは歯ですね、しっかり残っていますね……これは手術の後で……。
 智子は祖父だった骨をぼんやりと見つめた。葬式では遺体を前に大泣きしていたふみやその姉妹も今は涙一つこぼさず興味深げに職員の話に耳を傾けている。目の前にあるのは骨で祖父だという現実味がわきにくいのかもしれない。骸骨なんてTシャツの柄や町のあらゆるところにデザインの一つとしてあるし、テレビなんかでも昔の人の頭蓋骨なんてたまに放映されたりする。頭では分かっているのだけれど、この骨が祖父で、自分も焼かれたら骨になってしまうなんて何だか実感がわかない。
 骨壺に近しい親族から順番に骨を入れていく。大きな部位は崩して入れる。骨は少し力をいれただけでくしゃりとつぶれた。これが人だったもの。なんて、人はもろいのだろう。

 翌日智子はかねてから予定していた妊婦検診へ陽平と出かけた。産婦人科は平日の方がすいているのだが、陽平も赤ちゃんの様子がみたいと強く希望していたので混雑する土曜日に訪れている。智子も約一ヶ月ぶりに見られるエコーに胸を弾ませていた。最初は小さい点でしかなかった胎児が一ヶ月ごとに姿形を変え、徐々に大きくなっていく様子は智子を驚かせた。前回はエコーの画面いっぱいに白黒で胎児の頭と胴体、それから小さな手足のようなものがちょこんとついている姿が見られ、大変かわいらしかった。医師にはこれが全身を写せる最後の写真ですからね、次は大きくなって部分的に写していくことになりますから、と言われたのでどんなふうに成長したのか、智子のエコーへの期待は大きかった。
 腹にジェルをぬり、医師が器具を腹部にあてる。
 智子はどきどきしながら画面を見つめた。最初は真っ黒だった画面に白い何かの輪郭がうつる。医師が器具の位置を変える。
「頭ですねー。これが目で鼻で口ですねー」
 智子は絶句した。画面にうつりこんだのは骨だった。医師が指し示した目鼻口はすべて黒く塗りつぶされている。白いところはまさしく骸骨だった。智子はショックのあまり涙で視界がぼやけた。医師は気づかず相変わらず優しい口調で説明を続けていく。
「頭のサイズはー、おなか周りもいいですね、このぴくぴく動いているのが心臓です。異常ないですね。おなかの黒い部分、これは胃ですね。あ、ちょっと足が短いかな……」
 医師の言葉は智子の頭の中にあまり入ってこなかった。智子が腹の中で育てていたのはまちがいなく胎児だが、骸骨なのだ。いつかは死んでしまう、いつかは成長を止めてしまうものなのだ。せめてまだ死なないでほしい。智子の頬を涙が一粒伝った。

《『樹林』2017年9月号(通教部作品集)より転載》

作品寸評

 短い作品ではありますが、その中にタイトル通りの「生」が詰まっていたように思います。義理の祖父の「死」と主人公のお腹の中で育っている「生」を対比させる書き方が、技巧的でうまいなと感じます。火葬された祖父の骨と、エコーに映った胎児を比較し、「死」を描くことで「生」を際立たせています。まだ生まれてもいないお腹の子もいつかは死んでしまうのだと、祖父の死を経験したことで実感し、主人公は涙を流す。母親になる覚悟のようなものも伝わってきました。短い作品なので特に欠点らしい欠点もないのですが、この感触のままもう少し長い作品が書けたらいいものになると思います。
(大西智子)