在校生の作品

最期の羞恥

岡崎 かしす
(通教部研究科/小説クラス)

いつも帯広の実家を後にする時、これが父との最後だろうかと思いながら「また来るからね」と声をかける。結婚してから広島に移って二十年あまり、飛行機に乗れば三時間ぐらいで行けるとはいえ北海道はやはり遠い。親の死に目には会えないだろうと覚悟していたが、母が亡くなった時は同じ十勝管内に住んでいる兄でさえ最期には立ち会えなかった。入院しているベッドで、だれもいない間に静かに息をひきとっていた。母らしいと思った。人に気をつかわせることが嫌いで、自分が精一杯気をつかっていつも疲れている人だった。
 そして去年、九月のまだ暑い日の早朝に義姉から電話がかかってきた。父が亡くなって今朝発見されたそうだ。八十五歳の父はまだまだ元気で、四年前に母が亡くなってからの独り暮らしは問題ないように見えていたのだが、やはり無理だったのだろうか。
 孤独死をした場合、なにか事件性も疑われるので警察が来て家の中をいろいろと調べるらしい。金銭が無くなっていないだろうかとか、あちらこちらの写真を撮ったりとサスペンスドラマの世界のようだったと後に義姉が言っていた。検死をした医師は、腸閉塞になり嘔吐物を喉に詰まらせての窒息死という診断をつけたそうだ。
 亡くなる前夜、兄が父に電話をかけてもでなかったが、もう寝たのだろうとその時は気にしなかったらしい。朝になってもう一度電話をしてもでる様子が無いので、不安になって車を飛ばして行ったそうだ。父は母が亡くなり独りになってから、バリアフリーのマンションに住んでいた。兄は合鍵でドアを開けたが、なぜかいつもは使わないドアチェーンが掛かっていて中には入れない状態だった。直ぐにマンションの警備会社に来てもらったが、ドアチェーンは開けることが出来なかった。結局は隣の住人に、ベランダを越えて窓から中を見てもらうように頼むことにした。ベランダの境目は防火災用に力をいれると板が取れるしくみになっていたので、隣の女性はその板をはずしてリビングの窓を覗いてくれた。カーテンが閉まっているが、隙間が少し空いていたので中が見えたらしい。
「おじいちゃんがうつ伏せに倒れているようです」
 それを聞いて警備会社の男性はベランダの窓の鍵付近のガラスを割り、開錠して部屋に入っていった。父は具合が悪くなりトイレに行こうとしたのか、トイレのそばの廊下に倒れて冷たくなっていたそうだ。

 私は父の訃報を聞いて、関東地方にそれぞれ住んでいる三人の娘たちに連絡をした。喪服など必要な物を伝えて現地集合とした。三人とも広島から行く私と夫よりも早く着くらしい。当日購入する航空チケットは正規料金なので異常に高くてあっけにとられた。いつもは早期割引で半額ぐらいの金額で購入している。父が亡くなったというのにそんな事を冷静に考えている自分に苦笑いしてしまった。
 北海道の実家に着いた時にはもう日が落ちて、結構肌寒くなっていた。まだきびしい残暑の広島からそのままの服装で来てしまった事を後悔した。
 父のマンションの部屋に入ると、最初に目に飛び込んできたのがガムテープで補修された窓ガラスだった。その時の状況が生々しく感じられた。
 父の顔はうつ伏せで倒れていたせいで少し黒ずんではいたが、苦しんだ表情は無く穏やかに見えた。不思議と涙は出てこなかった。横の仏壇に母の遺影があって少し微笑んでこちらを見ているようだった。
 兄が「いたらなくてごめん」と私に謝ってきた。近くに住んでいながら、何もできなかったと悔やんでいた。居間に行くと先に来ていた娘三人と兄の子供二人で近況報告をしながらお菓子をつまんでいた。おじいちゃんの側に行くと涙ぐむ孫たちも久しぶりに一族が集合したことで、ちょっとした宴会ムードになっていた。

 一夜明けて通夜、次の日に葬儀とつつがなく済んでいった。親戚の中では、息子が近くに住んでいながら何をやっていたんだと責めるような事もあったのだが、兄は黙って受けとめていた。
 葬儀の済んだ夜に兄と仏壇の前で二人きりになった時、「実は言っておきたい事があるんだ」と兄は話を始めた。
「親父の亡くなる日の昼間に女性から、『あなたのお父さんの友達ですが、今お父さんがお腹が痛いと言って苦しんでいます。こちらに来ることはできないですか』って電話がきたんだよ。最近、女友達ができたとか言ってお互いの家を行き来してたみたいだった。親父と同じくらいの年齢だって言ってたから、声からしてたぶんその人からの電話だと思うよ。とりあえず、仕事を抜けて家に来てみたら、ドアチェーンがしてあって中に入れなかったんだ。隙間から声を掛けたら、親父が『大丈夫だ。今トイレに入っているから帰っていいぞ。ただの便秘だ』ってトイレの戸を開けて少し苦しそうな声で言っていた。その時、だれかいる気配は無かったから、息子が来るということでその女友達は帰ったんだと思う」
 しかたなく兄は家に帰ってしまい、結果このような悲劇になってしまった。
 父の遺体を発見した時、部屋の中に女性の下着が干されていたそうだ。兄が想像するには、父は女性を帰した後に洗濯物を見られるのが恥ずかしくて、ドアチェーンをして家に入られる事を拒んだのだと思うと言った。しかし、父もまさか自分が死ぬことになるとは思っていなかったはずだ。
 私は衝撃を受けた。母が亡くなって四年、茶飲み友達の一人や二人いたって何の問題も無いし、かえって安心できる。しかし、八十五歳の父にもまだときめいた愛情が秘められていた。それを息子に知られるのが恥ずかしくて……。ドアチェーンさえ掛けられていなければ、すぐに兄が病院に連れて行き、今でも元気にしていたのだろうと思ってしまう。
 通夜の前に兄はその女性の電話番号がわかったので、父の死を知らせた。電話口で泣いていたそうだ。しかし、葬儀に姿は現さなかった。実家には、その女性の衣類が入った紙袋が置いたままになっている。たぶん取りには来ないだろうと兄は言った。

 父はかわいそうな死に方をしてしまったが、ここ最近は幸せな日々を送っていたに違いない。私はそう思いたい。

《『樹林』2018年1月号(通教部作品集)より転載》

作品寸評

 父親の最期を描いたもの。老妻(主人公からすれば母)を亡くした父親の最期は意外なものでした。兄からそれを聞き、主人公はさまざまのことをおもう――人生が長くなった現代、人を恋うる感情は止められず、配偶者が亡くなると次の恋や愛もあり得る。作中の父親は最後まで生きようと努め、相手の女性をかばいもしまた。
(安芸宏子)