在校生の声

20秋 入学生の想い

通教部本科 有田美江 栃木県

人生の一大事業

現在、私は那須高原の近くの町で娘と暮らしています。先日二十三歳の誕生日を迎えた娘はダウン症という障害があります。高原の丘の上にある福祉施設の作業所に毎日通っていて、娘を送迎するため私は朝夕に高原の林を車で走っています。
 その日も娘を作業所に送ってから、色づきはじめた紅葉を眺めながら、ちょっと遠回りして帰ろうと思いました。この秋はコロナの流行で観光客も少なく、車もたまにすれ違うだけで以前は賑わっていた人気のカフェも人影がありませんでした。たまにはカフェでお茶して帰るのもいいかも、と車を停めました。
 入り口のドアを引くと、正面のケースに季節の菓子が並んでいて私は栗のタルトと紅茶を頼み、地元の新聞を手にとって席に着きました。大きく開かれた窓からは赤や黄色に染まった木々の葉がさざ波のように秋風に揺れていました。
 ――そうだ、そろそろ、始めなくちゃ。
 ときおり木の枝から千切れるように舞い落ちる木の葉を眺めているうちに、ふとそんな言葉が胸に響いてきました。なにか大事なことを忘れたままにしている、そんな気もしてきました。落ち着かない心で新聞を広げました。地元の小さな出来事の横に『大阪文学学校秋期生募集』という記事が目に入ってきました。
 十五年ほど前に児童文学の会に加わって童話を書いていました。たまたま初めて書いた中編小説が地元の新聞社から賞をいただきました。しかし、その後、娘のパニック発作や親の介護が続いて創作からはすっかり遠ざかっていました。娘とふたりの日々を綴ったエッセイを同人誌に連載させてもらいながら、もう私には創作という集中した時間の要る行為は無理なのではと感じていました。
 でも、この『秋期生募集』という文字を目にして捜し物が見つかった気がしたのです。いま、このコロナの日々の静けさの中で書かない選択はないと思いました。さっそくスマホで「大阪文学学校」と検索してそのまま入校の申し込みをしました。
 重度の障害児を育てて生きることも人生の一大事業なら、文学に取り組むことも大事業です。どちらも孤独であり、それでも時空を超えて仲間(読者)とつながることの出来る、苦しいけれど楽しく、それだけの価値のある事業だと私は思います。
 これからも介助を必要とする娘との日々は続き、細切れの時間しか持てない私ですが、文学学校や様々な交わりの中で修養を重ねてゆけたら、いつか、長編を読み終えたときのような余韻の残る短編や中編小説も書ける日が来るのかも知れない、そう思えるようになりました。
 スクーリングで塚田チューターや同じ秋期生のみなさんと出会える時を楽しみにしておりましたが、現在のコロナ渦で、万が一、娘の施設に心配をかけてはならないので出席を見送ることにいたしました。次回はぜひ参加して、みなさんと語り合い、それから大阪の街も歩いてみたいと思っています。
〈在籍半年 「文校ニュース」20・12・8〉

20秋 入学生の想い

昼間部本科 西川弘志 大阪府 74歳

今からでも遅くない

わたしが小説を書こうと思い立ったのは、大学卒業後、小学校教員になって二年目の秋のことであった。学生時代、ある出逢いと別れがあった。教員になって一年目の晩秋から翌年の夏にかけても、また別の出逢いと別れがあった。これらは甘くもほろ苦い体験であったが、ある動機から小説化してみたいと思うようになった。
 だが、小説を書くというのは、そう簡単なことではなかった。最初は、当時発行していた通信に連載というかたちで綴っていったのだが、自分の感情が入りすぎ、ひとりよがりの作文になってしまった。そこで、いろいろな小説を読み始めた。一番印象的だったのは、三島由紀夫の『潮騒』である。特に、繊細な感性で綴られた情景描写の美しさに引かれた。わたしも真似をしてみたいと思い、出来事があった当時の記憶を再現するべく、思い出の土地を旅してみた。やはり、現場の風景の印象は、机上で記憶をたどり、想像しているのとは違う。三島の『文章読本』の中でも書かれてあったが、小説における場面の情景描写のため、現場で取材することの大切さを知ったのは、読書の収穫であったように思う。
 大阪市内の小学校への転勤をきっかけにして、しばらく小説からは遠ざかっていた。
 ある土曜日の午後、新大阪にあるビルの一室で開かれていた「シナリオ作家養成講座」に参加した。小説とシナリオとは違う。が、ドラマ作りの基本は同じだと思い、半年間、シナリオのイロハを学んだ。その後、あるシナリオ・ゼミにも参加し、仲間と共に何年も費やしたが、自分では、ほとんど作品を書かなかったため、ゼミに費やした年月は空費同然であった。ただ、ゼミを指導して下さった、ある映画プロデューサーが繰り返して強調されたことだけは、よく心に残っている。それは「作品を通して何が書きたいのか」というテーマをはっきりさせるように、ということである。
 その先生の死をもって、ゼミは中途半端なまま終了した。その後、小説はわずかに書いただけだが、紆余曲折を経て、今春、どういう風の吹き回しか、大阪文学学校に入学し、最後の挑戦をしてみたいと思った。コロナ感染リスクを避けるため、入学は半年遅れたが、この初秋、はや七十四歳になった。もはや遅すぎるという常識に打ち負かされそうになる。入学式の日、「今からでも遅くない」という自己弁明に発想転換する挨拶をした。
 クラスに参加してみて数ヶ月、わたしは「志」を同じくする仲間に出逢えて、ようやく書く居場所が与えられたような気がした。わたしの目標はもっかのところ、何らかの作品賞に応募してみることである。だが、たとえねらった賞を獲得できなくても、一点でも悔いが残らない作品を書き遺し、自分に納得できたら、それでわたしは満足である。
〈在籍半年 「文校ニュース」20・12・8〉

20秋 入学生の想い

夜間部本科 葭本未織 兵庫県

戯曲と小説

大阪文学学校に入学してから、変わったことがある。それは演劇の当たり前は世の中の当たり前ではないと知ったことだ。わたしは九歳から二十六歳まで十七年間、演劇をやってきた。スタートは子役だった。そこから女優になり、劇作家になった。演劇はわたしのすべてで、わたしは演劇しか知らなかった。だからわたしは教師が怒鳴ったり手を上げたりすることは普通だと思っていた。巧拙に応じて順位がつけられ、クラスメイト同士でいじめが起こるのも普通だと思っていた。上手になれば誰からも傷つけられない、あるいは人のことを傷つけていい。そんな不文律が、わたしを努力に駆り立てた。努力は相応の結果を残した。だけどわたしはどんどん息苦しくなった。誰もわたしを知らないところで一から表現をしたい。そう思い、演劇をやめ、関西に帰ってきた。文校の門を叩いた。それが七月のことだった。
 五カ月間の合評を通して、わたしは大きな主語を使うのをやめようと思った。『演劇』がおかしいのではなく、わたしのいたコミュニティが歪んでいただけだった。演劇は本来、よろこびのためにある。そのよろこびはこの五里霧中な世の中で、ほんの一瞬、自分自身を探り当てた時に感じる閃きのようなよろこびだ。決して誰かをバカにしたり、傷つけたりして得る薄っぺらな快楽のためにあるんじゃない。小説がそうであるように――。
 と、えらそうなことを言いつつも、わたしの筆は一進一退だ。演劇の脚本である戯曲と小説は、とても似てるが全く違う。その違いに七転八倒する五カ月だった。ある日気がついた。戯曲と小説では、言葉を大切にするやりかたが違うということに。

 戯曲における言葉は補佐的なもので主役ではない。だから刈り込めば刈り込むほど美しい。演劇の主役はなんといっても俳優だからだ。それ以外のものは邪魔なのだ。しかし、小説における主役は『言葉』だ! 小説における言葉は一人芝居における女優のように、読者に物語を語る唯一無二の存在なのだ。
 ははあと膝を打った。小説を読んだクラスメイトたちに「前衛的だ」と言われてきた理由がようやく分かった。言葉はいらないもの、無ければ無いほど良いもの。その演劇のルールを当たり前だと思っていたわたしは、言葉を捨てすぎたのだ。小説でもいらない言葉をカットしろと言うけど、それは俳優の演技におけるちょっとしたことを演出家が刈り込むような、あるシーンで右手をあげるかあげないか、みたいなことなんだろう。戯曲における言葉の刈り込みはもっと抜本的なところから無くしてしまう。わたしが小説でやってきたことは、ある女優の登場シーンをまるまるカットする、みたいなものだった。で、カットしてるのに観客に「いま女優が舞台を横切ったのがわかりましたよね? あれは重要なメタファーなのです!」と問いかける、みたいな。「いやそんな人登場しませんでしたけど?!」と思われる、みたいな。
 戯曲は書いてないところに真実と答えがある。小説も書いてないところに真実や答えがあるかもしれないけど……本当に一語も書いてなかったら、それは存在してないのと同じになっちゃうんだろう。演劇は立体芸術で、小説は平面芸術なのだ。
 文校に入学してからこんなふうに日々、発見がある。演劇と小説を比較しながら文章を書いている。わたしにとってやっぱり演劇はすべてだ。だけど深い海の中、小説という酸素ボンベを携えたおかげで、だんだん呼吸がしやすくなってきたように思う。
〈在籍半年 「文校ニュース」20・12・25〉

課題ハガキ

昼間部本科 井村由布子 大阪府

私だけのもの

午前四時。小学一年生の娘が隣で眠る布団から抜け出しリビングの扉を開ける。傷だらけのダイニングテーブルに片手をつき、頭上の灯りを点ける。
 壁掛け時計の秒針が進む微かな音だけが部屋を満たしている。夫の目覚まし時計が鳴り出す午前五時半までの、夜と朝が出番を押し付け合うように肩を並べる一時間半を、私は毎日ひとりで過ごす。
 パソコンの画面に向かいことばを紡ぐこともあれば、Netflixで映画を観ることもある。本を開くこともあれば、目を閉じて頭を空っぽにすることもある。
 過ごし方に決まりはない。私にとって、久しぶりに手にした自由帳のような時間だ。
 朝五時半から娘と共に眠りにつく夜十時まで、仕事と家事と育児のノートに記録をつけ続けている気がする。たとえひとりの時間帯があったとしても、一日の終わりまでノートを閉じることができない。
 新型コロナウイルス感染症の拡大により家族の在宅時間が増えると、ひとりだけの時間を確保することはますます難しくなっていった。
 私は家族を愛している。だが、それと同じくらいひとりの時間を欲していた。答えを書き込まなくてもいい、誰にも見せなくていい、自分だけの自由帳が必要だった。
 娘を寝かしつけながら寝落ちしてしまう夜が続いたある夏の日、ふいに目が覚めた。枕元のスマホで時間を確認する。午前四時ちょうど。
 私だけの自由帳を手に入れた瞬間だった。
〈在籍半年 「文校ニュース」20・12・25〉

課題ハガキ

通教部本科 佐々木紫織 香川県 18歳

最近強く思うこと

本を読まない人が増えてきているというニュースを最近耳にするようになった。
 本を読むこと、とくに小説を読むことが大好きな身としては、切なさばかり募る。本離れの話を耳にする度、歯止めをかけるにはどうすればいいか考えるものの、悔しいことに具体的な案は何も思い浮かばない。
 ただ、せめて自分の中での、本に対する想いを信じ続けたい、と思う。
 私は一冊の本を読むその度に、「ああ、大好きだなあ」としみじみ実感する。
 本を開く瞬間は、重く大きな扉を開ける瞬間と非常に似た気持ちがある。本を読むことは私にとって、「読書」という行動ではなく、「旅行」そのものだ。
 読んでいる最中、本当に見知らぬ土地を実際に歩いたときのように、高揚と疲労感と充実感を味わえる。読み終わった後は、溢れかえる程の満足感が、静かにゆっくりと心に満ちていく。
 読み終わる度に、他の世界も旅してみたい欲求が湧く。まだこの世界に、私をこんな気持ちにさせてくれる本が存在する。こんな本の世界を生み出してくれる作者様が存在する。
 そう思うと勝手に胸が弾んできて、わくわくが止まらなくなる。
 私にとって読書とは、それそのものが、他の何にも代用できない幸せを味わうことが出来るものだ。
 もし本を読むことが異端とされるような世界になっても、本を愛し続けたい。最後の一人になっても、本の世界に触れ続けたい。
 その思いが変わらなければ、忘れなければ、少なくとも無意味にはならないはずだから。
〈在籍半年 「文校ニュース」20・12・25〉

課題ハガキ

夜間部本科 葉留光斗(はとどめ・みつと) 和歌山県

最近強く思うこと

文校にて、様々な方とお話する機会を得て思い出したのは「何事も遅いと言うことはない」という事だ。皆さん輝きを放っている。月並みな言葉を何をわざわざ挙げるのか、と思うかも知れないが、私がその言葉を殊更胸に置くようになったのは、三年前まで遡る。
 当時、新卒で就職した会社を辞め、療養を済ませて、かつて断念した自転車旅行を決行することにした。旅は三十六日間、千五百キロで終えた。自転車を漕ぐのに飽きて帰ることにした。まあ、それはいい。
 旅に出る前、最中、出会う人からほぼ必ずかけてもらった「若いうちしかできない」という言葉。その通りだな、と思っていた。しかし、旅を終えようと東京発のフェリーに乗った時、ある初老の男性と知り合った。大きな荷物を六つ、シティサイクルに括り付けた旅人としての先輩だった。日本一周を何度もしているらしい。
 日焼けで黒くなった顔。ヤニが染みついた黄色い歯で、ニカッと笑って彼は「旅をするのに、遅いも早いも無い」と話してくれた。彼は六十歳だと言った。老いを理由に何かを諦めていない人だった。
 重要なのは、「やる」か「やらない」か、だと強く思う。
 お話させてもらった文校の方々には、勿論それぞれに人生があり、多くの経験をされている。しかし、皆さんが輝いているのは、豊富な人生経験を体験したからではないと考えている。
 みんな「やる」側だからだ。
 今、燃えているのだ。
〈在籍半年 「文校ニュース」20・12・25〉

スクーリングに参加して

通教部本科 森山美千代 福岡県

書きつづけるための刺激

第一回目のスクーリングでは、初顔合わせでもあり、これを書いたのはどんな人だろう、どんな人達がいるんだろう、と戦々恐々としていた。たぶん皆、思いはいっしょだっただろう。お互い観察しつつ、ぎこちなくあたりさわりのない合評がゆるゆると流れていった。それにひきかえ、以前からいらっしゃる方達、先輩方は、余裕の様子で、批評も堂に入り、的確でするどい。…ページの下段の…行め、この表現は、だとか、構成が云々といった具合に、説得力もある。
 なるほど、批評というのはあのようにするのかと、感心しきりだった。
 二回目のスクーリングでは、先輩方のように、あのように、と思っていたにもかかわらず、まったく何も浮ばない。そしてまた、先輩方のするどいツッコミ、いや、批評と解説。それらを伺うにつけ、何て私の目は節穴なのかと落ち込んでみたり、勉強になるなぁと感心したり。
 いつか私もあのように的確な批評ができるようになるのだろうか、いささか疑問であり、不安でもある。
 文章を書くという行為は孤独な作業だ。書き上げたところで、そのままではどこへも行かない。思いきって大阪文学学校へ入学したことで、埋れていた文章に光があたる。少なくともこの同じクラスの、物を書きたい、そして批評を受けて、もっと上手になりたい、そんな思いを持った人達に見てもらえる。
 最初は、え、スクーリング、ヤダナー、遠いし、などと不埒なことを思っていた。が、書くことへの熱い思いを持った人達と出会える場であるスクーリングは、怠け者の私のおしりをたたいてくれる、書きつづける勇気と刺激を与えてくれる、とてもありがたい場なのだと思いいたった。
 一言でいうと、とても楽しかった。刺激的でもあった。(二言になりましたが)
 チューターの慣れた采配にスクーリングはスムーズに進み、あっというまに帰る時間になってしまった。
 残念ながら、コロナ禍で未だみんな揃って文校教室に入れず、全体講義や交流会の場がない。次の、もしかしたらそのまた次になるかもしれないが、それらを含むスクーリングを教室でむかえられることを楽しみにしたい。
〈在籍一年 「文校ニュース」20・10・5〉

学生委員会の活動

20年度秋期学生委員長 南 成彦(夜間部研究科)

大阪文学学校では、学生委員会が何十年もの間、途切れることなく存続しています。
 学生委員会は、イベント運営で文学学校在校生同士の親睦を深めるお手伝いをし、新聞を発行して学校の仲間たちの思いや日頃の活動を広く伝えることなどを目的に活動しています。
 それだけにとどまらないことが、この委員会の特徴的なところです。同人誌『樹林』在校生作品特集号(在特号)を編集・制作するという文学や創作に直結した領域にも活動の幅を広げているのです。
 在校生の作品の中から、どの作品を掲載するかを同じく在校生が選び出し、やはり在校生である学生委員が編集・制作するこの『樹林』在特号は、正規の授業で扱われる題材の一部を提供するとともに、すばらしい創作を広く世の中に送り出す機会を作り出しています。
 学生委員会活動のほとんどが文校の正規カリキュラム外にあることは、大切だと考えています。自発的な活動によってしか支えられない主体的組織であるからこそ、内から生まれてくる創作への衝動を――正規のクラスとはまた違った形で――育むことができる可能性を秘めていると信じているからです。
 自ら選び取る形で学生委員になり私たちといっしょに、自分自身の、そしてたくさんの文校仲間の、創作の可能性を広げていきませんか。

【学生委員会の三つの主な活動】
○『樹林』在特号の編集・制作
 発行部数で日本最大とも言われる同人誌『樹林』の「在校生作品特集号」を年に二号、編集・制作します。この「在特号」は、在校生作品を集め、在校生が掲載するべき作品を選び、在校生が編集して作る、学生の学生による学生のための詩・エッセイ・小説集です。
○学生新聞の制作
 学生委員会が制作・発行する不定期の新聞「コスモス」には、在校生からの投稿作品を掲載するページが確保されています。短い詩、随筆、小説などを発表する場としてもお考えください。
○イベントの企画・運営
 日常が戻ったら、ですが、休日に作家・文学作品ゆかりの地探訪などをする「文学散歩」、短い詩・超掌編小説のおもしろさを競う「夏期合宿」、学園祭である「文学集会」など、コロナ以前から続けてきたイベントをこれからも開催していきたいと思っています。

うちのクラスは
こんなんやで

藤野正美

昼間部本科/小説(夏当紀子クラス)

入学して五か月が過ぎようとしている。私が在籍するクラスは金曜の午後二時開始。夏当チューターの「さあ、はじめましょう」の開始のゴングのもと、合評の火ぶたが切って落とされる。このコロナ禍ゆえ、換気、マスク、消毒に配慮しながらの対面ゼミ。もちろんリモート参加者もいる。みんな抜き差しならない現実を生きながら、それぞれがゼミに向かう切実があるのだ。男性三名、女性十三名。年齢層は幅広く、高校生もいる。メンバーは言葉を紡ぐ者として、自分の感覚にこの上なく誠実だ。率直な意見が飛び交い、その様々なモノの見方に、塞がれていた目が開かれる思いになる。私は自分をごまかして生きてきたからか、書くとき語るとき、自分の感覚がぼんやりとあいまいで、言葉を探して、のた打ち回っている。でもそんな自分に落ち込んだりしないのが不思議だ。ここではそれも自分だと思えるのだ。クラスには、各自の持つ個性をちゃんと認めている空気があるからだと思う。
 夏当チューターの総評にはいつも胸が熱くなる。文学に必要なのは、満たされぬ者、弱い者の視点だと仰った言葉が心にブッ刺さった。
 ゼミのあと、クラスの人と大喧嘩をしたことがある。痛いところを突かれた。あかんあかんと思いながら、むき出しの言葉で言い返してしまった。そんな自分に呆れながらも、生きている感じに全身が満たされた。相手の人は、それでいいんだよと言ってくれた。私はもしかしたら、ものすごく贅沢な体験をさせてもらっているのだと思う。
 最近、ふと気付いたことがある。ゼミの帰りはいつも、馬鹿みたいに自分が好きになっている。

うちのクラスは
こんなんやで

五島桜子

夜間部本科/小説(西村郁子クラス)

西村クラスでは、毎週火曜日午後六時半から授業が開始されます。このクラスには現在、年齢も出身地も異なる十三名が在籍しております。夜からの授業ということもあり、お仕事をしながら文校へ通っている方が多いです。また、自宅からズームを使用して参加することもできます。
 当クラスの特徴は何といってもメンバーの個性の豊かさだと思います。音楽家から管理栄養士、コピーライター果てはシリア留学経験者に到るまで経歴が様々であり、それぞれの知識や経験に裏打ちされた物語が生み出されています。また、合評の合間に不意に飛び出す雑談の内容も、食餌療法から占い、八十年代の世俗文化、ロシア革命に及び、このクラスでなければ、得られなかったような情報を得、文章だけではなく人生がより豊かなものになっていくのを感じられます。
 個性豊かなメンバー達ですが、全員に共通していることは、文学に対する真摯な姿勢だと言えます。一人で一所懸命に書いた作品を、メンバー達はこれまた同じくらいの熱量で合評してくれます。真剣に作品を読み込んでくれているおかげで「この文章は筆が乗っているけれど、あの文章は、少し書く事に飽きてしまったのでは?」という意見が出、それが実際にその通りだったりするほどです。なんと、当クラスメンバーは文章を書いているときの息遣いまで感じ取ってくれるのです。時には厳しい意見が出る事もありますが、そこには必ず愛情があります。このような仲間に対する信頼が皆を鼓舞し、孤独な創作へと向かわせてくれます。また、自分の作品の合評以外でもクラスメンバーたちの「書きたい! 伝えたい!」という熱いエネルギーを貰って家に帰り、次の創作活動に勤しむことが出来ます。
 よろしければ是非見学にお越しください。