在校生の声

19秋 入学生の想い

夜間部本科 山本 楓 (大阪府/高校1年)

将来

私は小学生の頃に小説を読み始めて以来ずっと本が好きだ。小説の中に出てくる本や音楽、映画を見たり、小説の他にもアニメや漫画が好きだったことから今まで多方面のものから影響を受けてきた。それに元来の好奇心が加わって、将来、あれをしたい、これをしたい、ということがたくさんあった。
 中学生になって、それまでに知り得た知識をもとに自分自身の存在についてだとか、世界についてだとか、小難しいことを常日頃考えるようになってからは頭がどうにかなりそうで、「将来」が不透明になっていった。それは今もそうで、自分でも思春期なんだろうなと思っている。
 高校生になってからは、何もやりたくないと感じてしまう時間が長くなって、この状態からなんとか抜け出さないといけないとは思いつつ、本だけは読み続けていた。その中で自分と似たような考えが書かれていたりするのを読んで、作者は小説の中で自分の思想を繰り広げているのだと思った。
 夏休みが終わって、学校を辞めたいと思い始めていた時に、ネットサーフィンをしていた中で文学学校を見つけて、ゼミの見学に行った。合評に参加してみて楽しいと思えたし、文学学校が小説と真剣に関われる場所であるのを強く感じた。それからは親になかなか言い出せなかったのと、本当に今文学学校に行くべきかというので少し悩んだけれど、最後には入学を決めた。勿論それは小説を書きたいという気持ちからではあるけれども、現状打破をしたいという気持ちも大きかった。
 文学学校に入って、何度かゼミを行う中で私が心掛けるようにしているのは、作品を読んで感じたことを素直に述べることだ。当たり前のことだけれど、今まで私は意見を求められても、決まり文句で答えることが多々あった。それは意見を求められてもそれについて熟考せずにいた私が悪いのではあるけれど、長いあいだ学校で事あるごとに書かされた長ったらしい感想文のせいであるのも否めないとは思っている。学校で書く感想文のように嘘はつきたくない。だから作品をできるだけ丁寧に読み込むことを大切にしたい。
 私は小説を通して自分の考えを形成していきたいと思う。人に何かを伝えるために小説を書くというよりは、(勿論、人に何も伝えられなければそれは小説ではないとは思うけれど、それを目的にするのではなく)自己形成のために小説を書きたい(その副産物として何かを伝えられればいい)。ゼミの中でアドバイスをもらいながらじっくりと自分自身をみつめていきたいと思う。
〈在籍半年 「文校ニュース」19・12・4〉

19秋 入学生の想い

夜間部本科 岡崎稿介 (奈良県/大学院生)

稿介

何かと感心されることの多い名前だった。
 名前を見せると、
「珍しい漢字ですね」や「稿が入ってる名前なんて初めて見たよ」と度々言われる。

 ある時も病院の受付で、
「この人の漢字、珍しいですよ」
「へ〜、稿なんて初めて見た」と係の人たちが話していた。
 声は小さかったが、遠目でも「ヘ〜」が唇の動きで分ったので、
(名前よりも扁桃腺を見てくれ)と切実に思った。

 留学に行った時のことだ。場所はフィリピン。外国人の中には漢字に興味を抱く方も少なくない。それゆえ、「あなたの漢字はどういう意味?」と聞かれることも多かった。正直、どう説明して良いか分からず、「小説とかを書くための紙っていう意味で……」としどろもどろしていた。「アイドンノウ」で済ましたこともあった気がする。
 反対に、簡単に説明できる日本人も多かった。エミさんという人は、「マイネームイズビューティフルピクチャー!」とよく言っていた。
(美絵じゃなくて絵美だろ、あんた)
 そう思いながらも、正直かなり羨ましかった。

 パソコンで名前を打つ時も一手間かかる。必ず「原稿介」と打ってから「原」を消さなければならないのだ。面倒だし、何よりも「原稿介」という字面のダサさに耐えられなかった。
 そのため、周囲の目がある時に自分の名前を入力するのが、結構恥ずかしい。
「なんだよ、原稿介って」という何気ないツッコミに、妙に心がえぐられる。

 読みの「コウスケ」という響きは嫌いではなかった。
 ただ、たまに「ヨウスケ」と間違う人がいる。
 大学教授でも例に漏れなかった。お返しに、その講義にはほとんど耳を貸さなかった。もちろん聴いた方が良いのだが、「学生の名前も分からないやつに何が教えられる」と露骨に不機嫌になっていた。

 そんな記憶が蘇ってくる自分の名前。
 好きかどうかと聞かれると、正直微妙だった。

 しかし、転機が訪れる。
「良い名前ですね!」
「面白い名前ですね!」
 名前が自己紹介で、こんなに役に立ったことはなかった。
 それどころか、
「これはもう書けってことや!」とまで言ってくれる人もいた。その場では笑って済ませていたが、自分の名前に意味を見出してくれたみたいで、内心とても嬉しかった。
 外国に行っても難儀していた自分の名前。
 こんな近くに受け入れてくれる場所があったなんて。
 自分の名前に稿が入っていて良かったと、ここに来て初めて思えた。
 
 親父が卒業していなければ、知る由もなかった文学学校。
 小説を書こうとすることも、一生なかったと思う。
 親父にお礼を言うかどうかは卒業してから決めるとして、
 名前負けしないように、一生懸命頑張ります。
〈在籍半年 「文校ニュース」19・12・4〉

19秋 入学生の想い

昼間部本科 原口 葵 (兵庫県)

点滅

イラストや漫画とは違って、まず小説は見てもらえない。学生の頃、ネットの無料投稿サイトに登録し、作品を投稿するも、まあ読んでもらえない。同じタイミングで投稿してもイラスト、漫画と比べると小説は閲覧数が一桁、二桁少ないのは当たり前。
 ネット世界の膨大な作品の中から惹かれたものをタップして閲覧。ちょっとでも良いと思ったらイイねボタン。気に入ったらブックマークボタンを押して自分のお気に入りに加える。お気に入りに登録する際、作者へのコメントや感想を書きこむスペースがあるが必須ではないため大抵その手間はハブかれることが多い。読者と作者がやり取りできるコメントコーナーも設けられているが余程人気のある作者でない限りそこが賑わうことはない。
 稀に私の未熟な小説をブックマークに加えてくれるユーザーが現れる。自分の作品を最後まで読んでくれたこと、好きだと思ってくれたこと、お気に入りに加えてくれたこと、どれもこれも嬉しくて仕方がない。しかし、どこを良いと思ってくれたのか、どんな気持ちになったか、読んでみたもののどこで退屈になってやめてしまったのか、作者は何もわからない。読者の顔が全く見えない。匿名アイコンで繋がる真っ暗な世界。

 アルバイトとはいえ働きだしてから本が読めなくなった。創作なんてもっての外だ。立ち仕事で疲れた体で活字を追うのは億劫だった。本が好きだからという理由で職場に選んだ古本屋でもメインである活字本の売れ行きは年々減少していた。職場でも昔は読書をしていたが今は読まなくなったという人がほとんどだった。人々が読書しなくなる理由が、本が売れない理由がなんとなくわかった気がした。それでも本の面展棚を担当するようになってからしんどくても意地で読書するようになった。ハズレだな、自分には合わなかったと感じる本も少なくなかったが、中には疲れも吹き飛ぶくらい面白く気が付いたら真夜中だった、という本にも出会った。実際に読んで面白かった本を棚に並べ、売れると喜び売れないと悔しがり一喜一憂した。なんでこんなに面白い本が売れないんだ、みんな読んでくれ、売れろ、売れろと自分が作った棚を穴があくほど見つめていた。
 売り、買い、本の商品化、棚の補充を繰り返す毎日を送っていたらバイトを辞めても生活に困らないくらいの金額が貯まった。一桁増えた通帳残高を見てやっと自分のやりたかったことができると安堵した。与えられるだけの受け身の読者でなく、私は書き手側になりたかった。娯楽が多い現代、小説を好んで読む人は珍しい。本が売れない。今時ファンレターを送ってくれる読者は少なく作者がネットに感想を探しにいかないといけない。何もネット小説だけの話じゃない、真っ暗な世界の中で創作を続ける人たちに「私もここにいる」と点滅する存在になりたかった。

 忙しさにかまけて長い間放置していた投稿サイトにログインすると溜まっていた通知やお知らせが一斉になだれ込んでくる。放置していた間も有り難いことに私の過去作品の閲覧数とブックマーク数は増えていた。その中に何千万もの閲覧数、ブックマーク数を誇る絵描きさんが私の小説をお気に入り登録していた。「いつも見てます」というコメントと共に。届いた。眩しいディスプレイの前で私は手で口を押えながら震える声で呟いた。届いた。文学とは程遠い拙い私の文が、私の小さな小さな点滅が、創作活動を続ける作り手側に届いた。

 文学学校は作者と読者の距離が非常に近い。素人さん達の集まりだろうと軽視した私の概念をたった二時間の見学で軽く吹き飛ばした。作品に対しての真摯な姿勢、文学への情熱、意見をぶつけながらも他者への思いやりは忘れない。そんな人たちに必ず自身の作品を読んでもらえて顔の見える位置で感想がもらえるなんてなんという幸福だろう。ここは真っ暗でも匿名でもない。点滅している人たちの賑やかな集まりだ。
 現実世界で疲れた人が時間を忘れて読んでしまうほど面白い本を書くために、まずは文学をこよなく愛する曲者だらけのクラスメイトとチューターの講師を唸らせることを目標に書き続けていきたい。いつか小さな点滅が大きな光になることを願いながら。
〈在籍半年 「文校ニュース」19・12・4〉

19秋 入学生の想い

通教部本科 山田佳苗 (福岡県)

トイレ掃除中に小説のアイデア

まあ、「抱負」って言えるほど立派なものじゃないんだけどもさ。
 大阪文学学校へは、これで二度目の入学になる。チューターからの批評や、スクーリングが楽しかったのを覚えているよ。けれど途中で体調を崩しちゃってさ、フェードアウトしていくように文学学校を辞めてしまった。子どもの頃から文章を書くことが好きだったんだけど、体調を崩してからというもの、一切書けなくなったんだ。容量も器量も悪く、唯一得意と思えるものが文章を書くことだったのに、わたしには何にもなくなってしまったのさ。スランプなんて立派なものじゃないけど、悲しかったなぁ。心の中にはいつも冷たい風が吹いていたよ。大袈裟じゃなくて、本当にね。
 二年間ほど、その冷たい風が吹きつける状態が続いた。これには参っちゃったね。何かを書こうと思っても、何一つ思い浮かばない。パソコンの前でさあ書こう! と意気込んでも、キーボードの上に指をさまよわせて、結局は書けやしないんだ。
「小説なんて書けなくたっていいじゃないか。別に大したことないだろう?」
 そんな状態のまま、わたしは老人ホームの清掃をすることになった。効率的にテキパキ仕事をこなしていく。清掃業は体力だな。パワフルが必要だ。
 ある日、確か梅雨の時期だったかな。トイレ掃除をしていて、雑巾で便器を拭いているとき、ふっと思いついたんだ。何を思いついたかって? 小説のアイデアだよ。二年間ちっとも浮かばなかった、一行も書けなかった小説が、今からならまた書けるかもしれないって思ったんだ。そう、トイレ掃除の最中にね。
 それから小説をいくつか書いた。失恋すると透明人間になる女の子のお話、ポップコーン屋さんに恋をしてしまう女性の話、などなど。書いていくうちに、文章を書く楽しさを取り戻していった。書くことってさ、こんなに楽しいんだなって。そうして書くうちに、誰かに読んでもらいたくなったんだ。率直な感想が知りたいと思うようになったのさ。そこでわたしは大阪文学学校のことを思い出した。以前のように、チューターから批評をしてもらいたくなったし、スクーリングにもまた行きたいと思ったんだ。
 二回目の入学は、一回目よりもわくわくしている。「書くこと」にきちんと向き合っていきたいんだ。いつの間にか心の中に吹いていた冷たい風が、「表現すること・書くこと」で暖かい風になるように、本当に願っているよ。
〈在籍半年 「文校ニュース」19・12・4〉

スクーリング体験記

通教部本科 永井文音 (愛知県/大学院生)

脳内反省会のなかった一日

世のなかにはいろいろな人がいる、と、わかってはいても忘れてしまう。それは積み重ねられた「なに考えてるのかわかんない」のせいかもしれないし、うまく続かない会話のキャッチボールのせいかもしれないし、ひとりだけ笑顔をつくれない自己紹介のせいかもしれない。ずっと思っていた。なんでこんなに生きるのが下手くそなんだろう、みんなはあんなに上手なのに。
 わたしは、言いたいことがあってもなにも言えない人間だった。笑われるのも首をかしげられるのもため息をつかれるのも怖くて、それがどんなに小さなものだろうと、集団の前で声を発するのが嫌だった。自分の名前6文字ですら、口にする前には手のひらがびっしょり。音楽高校時代、「人前で自己紹介をするくらいだったら、ピアノを1曲弾いたほうがずっとマシ」といって友だちに笑われたことを思い出す。ピアノが特別上手だったわけじゃない、それくらい、死ぬほど、なにかを話すことが嫌いだったのだ。
 だからスクーリングの日も、半分後悔していた。行きの電車でもため息ばかりついて、ああなんで欠席にしなかったんだろう、そもそもなんで入校なんてしちゃったんだろう、考えても仕方ないことばかりが頭のなかをぐるぐる。きっとむちゃくちゃに言われるんだろうな、立ち直れなくなったらやだなあ。どんなときでも食欲旺盛なわたしだけど、あの日ばかりはほとんどなにも(たこ焼きしか!)食べられないまま会場へと向かった。
 なのに合評がはじまったら、そんなウジウジはぜんぶ吹っ飛ばされてしまった。もちろん恐れていたとおり、自分の作品に対する厳しいコメントはいただいた。でも不思議なことに、なにを言われたって、へこむどころか力が湧いてくるみたいに思えた。だってほんとうにいろいろな人がいて。「よくわからない」も「あんまり理解できない」も、ただの意見でしかなかった。そして、ただの意見がこんなにうれしいものだとは、わたしは今まで知らなかった。
 夢中で人の意見をきいて、自分も一生懸命にしゃべっていたら、はじまる前は長いなあと思っていた時間があっという間に過ぎてしまった。長いあいだ人と接した夜はいつも、ああでもないこうでもないと脳内反省会なのに、あの日はただただ楽しかったという気持ちしか残っていなかった。そして帰りの電車でふと気づく。今日はわたし、ちらりとも考えなかった。うまく笑えてる? うまくしゃべれてる? なんて。
 なにかを言うのは怖いことだ、それでも言いたいことがあったから、なけなしの勇気をふりしぼって入校届を出した。これからどうなっていくかはまだわからないけれど、自分の言葉を受けとってくれる誰かがいる、あのしあわせを忘れないように、たくさん書いていきます!
〈在籍一年 「文校ニュース」19・9・30〉

特別講座に参加して

昼間部本科 小西 彩 (大阪市)

「小説とは何か?」を問い続ける

目の覚めるようなピンクのニットと気さくな笑顔が印象的だった。去る11月30日、我ら文校生の大先輩、直木賞作家の朝井まかてさんによる特別講座「小説を書く人たちへ」が開かれた。当日は112名の超満員で、現役文校生だけでなく、休学生、OB、一般の方も多く来場された。朝井さんは美しく通る高めの声で、はんなりと上品な関西弁を話す。仮に朝井さんが有名作家であることを全く知らなかったとしても、「なんて素敵な人なんだ」と相手に思わせるような魅力的なオーラを湛えていた。登壇後、一番に語ってくれたのは文学集会の思い出。模擬店出店のためにうどんの重いダシを何往復も運んだとか。文校行事にも積極的に参加されたお人柄が感じられる。続いて、小説を書くにあたっての具体的なアドバイスが次々と飛び出す。以下、簡単に概要をまとめる。
1「枚数を決めて書く」40~50枚を目安に書く練習をするのがベスト。脳内執筆はなんの役にも立たないので、とにかく手を動かして書くこと。
2「書きあぐねたら年譜を作る」登場人物を横軸、それぞれの人物の生から死を縦軸とした年譜を作成する。表の端には歴史上の出来事を記入。具体的な出来事から主人公がどういう影響を受けたかなど心の動きを考える。
3「視点を意識する」昨今は視点の揺らぎへの評価は厳しい。また心理描写のつもりで心理解説をしてしまう作品が多いが、表情、声、体の動きや景色などで感情は伝えられる。
4「新人賞について」傾向と対策をしたものは選考委員に気づかれるもの。また、ネットなど気軽に作品発表できる広き門を簡単にくぐらないで欲しい。
 ホワイトボードにご自身の作成する年譜を書いてみせるなど、惜しげもなく手の内を明かす朝井さんだが、大作家となった今でも「小説とは何か」を問い続けているそう。現段階での答えは「今生きているこの世界や何百年も前の世界への問いかけ、洞察である」とのこと。なぜ人間は裏切ったり嫉妬したりする一方で、他人のために自らの命まで投げ出すことができるのか? そういったことを観察し、考えることそのものが小説を書くということだという。
 あらゆる創作は自然界や人間の本質を追求し表現する行為だといえるが、中でも小説を書くというのは、その洞察を言語化し他者と共有していくことだ。人の心を動かす作品は、単に文章や構成の巧拙ではなく、こうした人間としての「世界への問いかけ」を怠らない姿勢からしか生まれないのだということを思い知らされた。それは時に辛い作業になるだろう。だが朝井さんはこうも言っていた。
「感情のバリエーションを多く持っていると人間としては生きづらいが、物書きとしては強みになる」
 書くことを志す者として、この言葉に心が震えた。講演会終了後に行われたサイン会で、一人一人とこちらが驚くほど丁寧に言葉を交わす朝井さん。もしかすると、その瞬間でさえも人間を見つめる大切な洞察の場なのかもしれない。物書きかくあるべし、という態度をまざまざと見せつけられた。格好いい、の一言である。
〈在籍一年 「文校ニュース」19・12・26〉

昼間部研究科 山田文昭 (大阪市)

文校の出版物は再発見の宝庫です!

昨年末12月26日付「文校ニュース」は、田辺聖子、朝井まかて、眉村卓に関する記事から、「ハガキ一枚」につづられた新入生の“決意表明”に至るまで、実に多彩で壮観です。
 とりわけ新入生の「ハガキ一枚」は、「最近、とうとう表札から私の名が消えた」(通N・Fさん)、「私はくり返しユメを見ていた」(通A・Mさん)等々、先を読みたくなる掴みが目白押しです。
 その中で、「私ほど小説家を目指すべき人間もそうはいまい。なにしろ、欲もあれば時間もあるのだ」(昼S・Mさん)という冒頭に出会い、お主やるな!と合いの手を入れたくなりました。さらに別の「ハガキ一枚」では、「芥川賞とか直木賞とかいうものをいただくことになったら、私の来し方は晒され、こんなささやかな駄文でも引っ張り出されるんじゃないかしらん」(通J・Wさん)と挑発します。実際この「文校ニュース」が、オークションを賑わすかもしれません。
 続いて「世界全てを自ら作り上げたいという思いが強いらしく……」(夜R・Fさん)と気宇壮大に繰り広げます。
 そして、名文ともいえる数行が読み手の心を揺さぶり、作者の体温が伝わってきます。
「ひきこもりである上に、さまざま大抵の人が出来ることが出来ないことを売りにするつもりはなく、同情を買うつもりも無い筈なのに、やっぱり同情してもらわないと、到底まわりの人達についていくどころか無事に〔クラスで出された――山田・注〕課題をこなせるかどうかも心配です」(夜S・Wさん)。
 これらには、到底一つの紙面に載るとは思えないほどの振幅があります。
 ここ文校には、二十歳の野心家もいれば、古希を越えた新入生もいます。さらには、手書きの原稿用紙数枚に鉛筆で文字を刻み込む方もいれば、名うてのゲームプログラマーもいます。数行で人の本質に迫る詩人もいれば、数百枚のミステリーで人の欲を問う書き手もいます。
 多彩な学生が多様な作で問いかけ、人間のあらゆる営みを射程に捉える包容力があります。従って「養成」や「指導」という名の下に、一定方向に向かって靴音高く突き進むことはありませんが、そこからこぼれ落ちる一滴にこそ、文学の本質が潜んでいる可能性をも見逃しません。
 講師陣や経営陣からも独立し、学生だけで運営する『樹林』在校生作品特集号には、入学したばかりの初心者から十数年のベテランまでもが集い、自ら書き、自ら判断し、自ら選び出すという困難な作業を通じ、文学とは何かを問い続けています。そして『樹林』本誌、『樹林』通教部作品集、「文校ニュース」、「学生新聞COSMOS」など、文学学校の出版物は、驚きと発見の宝庫です。
〈在籍七年 「学生新聞COSMOS/通巻322号」20・3・1〉

学生委員会の活動

19年度秋期学生委員長

南 成彦(夜間部研究科)

「おおー!」
 花房正義の前に特大のイチゴパフェが運ばれて来るや、カフェに居合わせた学生委員みんなが声をそろえた。
「花房さん、カワイイ!」
 本町の会社でOLをして三年という神部茉莉亜から女子らしいコメントが飛ぶ。
 みんなどっと笑う。大学生の長尾葉月と主婦で牛丼店員の望月景子がきゃっきゃと喜んでくれるのがひときわ照れくさいが、花房は無表情を保とうとする。
 年齢も仕事も性別も姿形も考え方もみんなばらばらながら気心が知れ始めた八人で来たから、実はひそかにあこがれていたパフェを思い切って注文できたのだけれど、詳しい心のうちは言わないでおいた。
 長いスプーンを背の高いパフェグラスの上から差し入れ、底に沈んだイチゴやアイスクリームを腰を浮かせぎみにしてすくいながら花房は思う。
「イチゴパフェを食べている自分なんか想像もできなかったな」
 大阪文学学校に入学後、わけも分からないまま学生委員会などに加わらなければ、縁どおいメニューのままだっただろう。きっと死ぬまでだ。
 生前の妻が注文しても、渋面でブラックコーヒーを飲む役割だった。同い年の妻が五十一歳で他界して十五年、気恥ずかしいものには近づく資格さえないかのように決めつけていた。
 学校で学生委員会の中心的な活動である、同人誌『樹林(在特号)』の編集作業をしていたときは独特の緊張感がただよっていた。編集方針をめぐって学生委員二人がつかみ合い寸前の勢いで激論を交わす一幕もあった。
 カフェに来たとたんのこのなごやかさはさっきまでの裏返しなのか、落差に驚く。
「しかしこのギャップ、嫌いではないかもしれないな」
 花房は思った。

大阪文学学校には、学生が運営する学生委員会があり、在特部(同人誌『樹林』在校生作品特集号編集部)、イベント部、新聞部の三部門で活動しています。

在特部
学生が書いた作品を学生が選び学生が編集する学校同人誌『樹林』在校生作品特集号の制作

イベント部
文学散歩(日帰りのお出かけ)、夏季合宿、文学集会(文化祭)の企画・運営

新聞部
学生新聞「コスモス」の発行

学生委員会は、隔週の月曜日の午後七時から、学校内の教室で開きます(学期中のみ)。入学したら、お気軽にご参加ください。

うちのクラスは
こんなんやで

夜間部本科/小説(西井隆司クラス)

西井クラスは、男女あわせて十五人ほどいます。二十代から六十代までと、年齢層が幅広く、仕事をしながら通われている方が多いのが特徴のひとつです。
 授業は毎週あります。前の週に提出された作品に対して、全員で意見交換。メンバーの年齢差や性別、職種、何もかもがせまく感じられるほどの個性あふれる小説が、雑居ビルの小さな一室で熱論されるのです。
 皮をむいたブドウのように瑞々しい筆をふるう女子学生、描写は美しくもどこか暗い影を感じさせる女性、ストーリーの矛盾ひとつ見逃さない現役バリバリの市役所職員、読みだすと止まらない傑作の時代小説をつくりだす物静かな男性、和製J・K・ローリングと称されるファンタジーの奇才など、メンバーについて話しだすと日が暮れそう……。
 みな自分だけの世界があり、物語があります。そして、年齢や性別、もちろん個人の人生経験によって、モノの見方があります。毎週の合評では、ひとつの作品に対して色とりどりのアメと強弱さまざまなムチが飛び交うのですが、決して頭ごなしに作品を否定するような人はいません。
 小説を書くと、その人の考え方だけでなく、性格のいい部分も、悪い部分もすべて滲みでてしまいます。この人はなにに自信があって、どこにコンプレックスを抱えているのか、意外とバレてしまいます。
 しかしこれまた意外、コンプレックスだと思っていた自分の一面を、ある種の「強み」としてクラスメイトが称賛してくれることもあるのです。
 自分では見つけられない自分の良さを、小説を通していろんな人に見つけてもらえる。私にとって、大阪文学学校はそんな場所です。
(平石海辺)

うちのクラスは
こんなんやで

昼間部本科/小説(夏当紀子クラス)

夏当クラスは、金曜日午後二時から始まります。現在、二〇名が在籍。女性十七名・男性三名です。先月成人式を迎えた人から今月ひ孫の誕生を迎えた人まで、その差は六十年を超えています! なので、各々から出てくる作品は時代やジャンルだけでなく使われる言葉そのものも幅が広く、毎週とんでもない刺激を受けています。そして「大阪」文学学校なので、やはり大阪出身や在住の方が多く、関西出身とはいえ大阪を知らなかった私は、初めて大阪文化の一端にナマで触れました。
 人の名前を覚えるのがとても苦手なのに、このクラスのメンバーの名前はペンネームも含め、自分でも驚くくらい早く覚えました。一人一人がとってもユニークで、早々に愛着を感じてしまったからでしょうか。でも入学して半年なので、まだまだ謎の部分がいっぱいです。それを作品を通じて知ったり、ゼミの後のお茶会で伺ったり、興味は尽きません。
 その中で、全員に共通していることがあります。それは、真面目で誠実であるところ。夏当チューターの小説への真摯な姿勢が、クラスを感化しているのでしょう。「同じ書く立場で人の作品を読む、どんな作品でもしっかり読む」を皆が実行しています。ゲンキンな私は、こんなふうに読んでもらえる信頼から、一作目が書けたんだと思います。
 初めてのお茶会のとき、じわじわっとしました。参加した人たちが横並びにホットコーヒーを選んだりしなかったからです。皆さんメニューを熟読して、トマトジュースにする人もいれば、ドリアセットにする人もいました。食べきれないトーストをホイルで持って帰る人も。当たり前ながら、ほんとにそれぞれでいいのです。
(名倉弓子)