在校生の声

21秋 入学生の想い

昼間部本科 石井里津子(大阪府)

入学式の言葉を集めて抱負としよう

二〇二一年一〇月一〇日の、大阪文学学校入学式で取ったメモを、ひと月経って見返す。かなりいい加減なメモだが、もはや記憶が当てにならない身としては、取らないよりはずっといい。
 そこで今日は自分の思いを、入学式に語られた先生(チューター)方の言葉を道しるべに記してみたい(葉山代表理事は、この日の先生方の語録で一冊の本ができると言っていた。つまり、珠玉の言葉ばかり。だが、集中力を欠くわたしのメモは、相当心許ない)。
 ゲストの朝井まかてさんの話で印象的だったのは、次の言葉だ。
「文学は教えられない。既成の概念を崩したいわけです。自分の眼差しをどう持つか。それが創作。自分で言葉の海を泳ぎながら、新しい世界にたどり着く。それは、とてつもなく幸せな瞬間です」
 合評や直しなどの具体的アドバイスもあり、「とにかく書き続けていくと、突然うまくなる瞬間がある」とも。そのためには「じっくり物事を見て、考えて、書く。それが必要だ」と。
 さらに「書くことで自分を見つめ直し、解放する。自分を客体化できる」と話した後、はじけるように言った。
「わたしは、書いているときが一番、生きているって感じがする」
 なんとまぶしいことか。この感覚をどこか知っているような気もしたし、深く味わってみたいとも思えた。わたしのメモは「書くことを手放さないで下さい」と大きく書いて締めくくっている。
 言葉は、次々とたたみかけるようにやってきた。
「文学を手放すな。五年十年、できれば一生。書くことは深く考え、感じることだから」(葉山代表理事)。「文学学校は、自分の原点」(細見校長)。
「挫折したとき、物事を深く考えないと生きてゆけない」(佐伯チューター)、「人の文章を読むときも、その人の人生に触れる。そのことで、この人の本質はここにあると知り、成長する」(美月チューター)。
「一行でも二行でも書いて、みんなの前に出す。そういう場にいる」(高田チューター)。「ここは出会っていくところ。心を開いていくところ。書くとは、変えてゆくこと。自分、世の中、社会を」(夏当チューター)。
 本質と期待、加えてわが不安が、教室で渦を巻いていた。
「安心して下さい。必ず書けるようになる。思いが言葉になる喜び、世界にたった一つの小説ができる喜び、読んでもらえる喜びが大きい」(西井チューター)。
 最後にわがクラス大西チューターは「その人が生まれてはじめて書く小説が楽しみ。生々しい気持ちを大切に続けていってもらえたら」と言い、組会初日でも「長く続けてほしい。十年二十年で芽が出る場合も」と話してくれた。
 はじめて参加した公開講座での、日野チューターの言葉も忘れがたい。
「ここは自分が書きたいものを発見する場所。自分独自の文学が書けるかどうか。そして、愛と祈りが根底にないと文学にはならない」
 自分と人、社会と深く対話し、言葉の海を泳ごう。誰かの心に寄り添える言葉を紡げるよう、愛情の灯をともしながら泳ぎ続けよう。
 いつか「言葉を紡ぐことこそが、自分を生かすことだった」と言えるように。
 そして「人生の分岐点は、あのときの大阪文学学校だった」と言えるように。
〈在籍半年 「文校ニュース」21・12・6〉

21秋 入学生の想い

通教部本科 石丸明(福岡県)

大風呂敷を広げます

僕が大阪文学学校に入学したのは、小説家になりたいからです。
 ……なんて、言わないほうが良いかな。書いては消して、消しては書いて、今も迷いながら書き進めています。
 小説家なんていうのは、プロ野球選手やアイドルと同じ。才能を持った一握りの人たちが死ぬほど努力をして、それでもなれるかなれないか。いい歳して子どもみたいに夢見ちゃって。と思われるかもしれません。
 小説家を目指している時点でもうダメだね。活躍している作家たちはみんな、書きたくて書いて、書かずにはいられなくて、その結果として小説家になったのだ。と思われるかもしれません。
 この程度のセンスと技術でそんな大きなことを言って恥ずかしくないの。残念ながら才能も努力も圧倒的に足りないよ。と思われるかもしれません。
 どう思われても納得です。思われるかもしれません。なんて書いたけど、これは全部、誰よりも先に僕自身が思っていたことです。こうやって、否定的な文句

ばかりを自分に突きつけて、何もする前から逃げていました。でも、それでもやっぱり、諦めることが出来ませんでした。
 やっと、夢と真剣に向き合って書き始めたのが二年前です。この二年間で、いくつかの公募にも投稿しましたが、そのほとんどが箸にも棒にもかかりませんでした。やっぱり自分には無理なんだ。そう思っても、それでもやっぱり、諦めきれません。
 そこで今回、大阪文学学校の門を叩きました。僕はここで学び、成長して、夢を叶えたいと思っています。
 ……なんて大それたことをぶち上げてしまいましたが、僕に出来ることは一つ一つの課題と真摯に向き合うことだけです。だけです、なんて言ったけど、多分これがめちゃくちゃ難しいんだと思います。
 でもここで大口を叩いてしまったので、頑張らないわけにはいきません。退路を断つ、とかそういうの柄じゃないんですが、今回は本当に頑張ってみようと思います。思います、じゃないですね。頑張ります。
 先生方、先輩方、そして同期の新入生のみなさん。どうぞよろしくお願いいたします。
〈在籍半年 「文校ニュース」21・12・6〉

21秋 入学生の想い

夜間部本科 澤田尚子(大阪府)

長い旅

私は旅行会社に就職をしたほど、若いころは旅が好きだった。20代、30代と友人や家族と一緒に、海外へ頻繁に旅に出た。
 夕闇迫る空港から、長距離の海外線は飛び立つ。地上を離れて、真っ暗な空へ向かう、遠ざかっていく街明かりを見ながら、私は解放され、自由になったように感じたものだ。知らない場所へ行き、未知の文化に触れることは、とても楽しい経験だった。
 その後、なかなか旅に出る機会がなくなってしまった。家庭を持ち、仕事をしていると、長い休みも、旅に費やす余裕もなくなってしまった。
 私は自分に言い聞かせた、「これまでたくさんの場所へ行ったのだから、もういいよね」と。
 昨年、私は偶然に、ある詩に出会った。新聞に載っていた谷川俊太郎先生の「夕闇」という詩だ。私は、本は好きで時間があれば読むし、詩も好きで目についたものを読んでいたが、谷川俊太郎という有名な詩人を知らなかった。「夕闇」を読んだときに、詩ってすごいな、と素直に感動した。会ったことのない人と時空を超えて気持ちを交換でき、私が言葉に出来なかった感情を誰かがぴったりとした言葉で表現してくれるのだから。
 それから、「詩」を習える場所をさがした。そして、ネット検索で大阪文学学校を見つけた。実際に資料を取り寄せて、入学希望を出すまでは数か月ほどかかった。
 それは、私が長い旅に出る前に似ている感覚だった。どこへ行こうかと迷い、直感的な出会いを信じて、勇気を出してツアーを申し込む。料金を振り込んで不安と大きな期待に胸を膨らませる。
 初めて木曜日のクラスへ行った夜、チューターの先生は、私のお粗末な詩を、私が表現したかった言葉にして下さった。誰かに自分の考えていることが伝わるって、こんなに楽しいことなのだと知った。クラスの人たちは、みんな私より大先輩で初心者はいない。それぞれの方たちの個性ある詩を読んでいると、知らない世界のどこかに紛れ込んだように面白い、それぞれの文化を見るようで興味ぶかい。
 クラスが終わって夜道を急いで歩いていると、自由で解放されたような気持ちになる。大阪文学学校、これは私の旅、若いころ憧れた一人旅だと思う。
 広い外へ向かって、そして、内側の自分に向かって、目的地を定めることなく、長い旅を続けたいと思う。始まったばかりの、この旅に、私はすっかり魅了されている。知らないところへ、どんどん行きたいと思う!
〈在籍半年 「文校ニュース」21・12・6〉

21秋 入学生の想い

通教部本科 外山記代子(愛知県)

言葉に傷つく

「外山さんのその服を見ると、また今年も冬が来たんだな、って思う」
 と、職場の同僚に、声を掛けられたことがある。ピンクの糸の化学繊維で作られたジャケット風の上着は、冬の寒い時期に早く乾いた。持ち服の少ない私は、重宝していたと思う。言われて初めて、その服をもう何年か着続けていることを知った。服が買えないわたしの暮らしが見透かされているようで、恥ずかしかった。馬鹿にされていると思った。
 その冬、私は、ピンクの服を捨てた。
 昔、若い頃、もっと言えば子どものころは、そういうことは無かった。どうしたって身体が伸びるのだから、同じ服は何年も着られない。新しい季節が来るたびに、少しずつ服は変わった。持ち物も変わった。ランドセルは中学生になれば使わなくなった。
 年と共に、暮らし方も変わった。中学を卒業してすぐに働いた私は、会社の寮に住んだ。四人一部屋の六畳間が窓際にあり、北側に二段ベッドが、左右に一組ずつ備え付けてあった。このベッドの上段が自分の部屋になった。制服で働く職場では、服のことは気にしないで済んだ。
 ここにしばらく勤めてから、私服で働く職場に替わった。「外山さんのその服……」は、そこで言われた言葉であった。二十代の私は、着る服が毎日洗ってあって破れていなければ、それでいいと思っていた。しかし、違うのだ。質の良いものを着ているのか、流行を取り入れているのか、その場に相応しい服なのか……服一枚であっても、人は、様々な観点で見て気づき思うことがあることを、私は学んだ。馬鹿にされても仕方が無かったのだ。私は、お金が無いだけでなく、世間に疎かった。
 こんな小さな一言で、私の心は傷つき相手を恨んだ。モノには言い方ってものがあるだろうと思いながら、この傷を無意味なものにしないように、無駄に人を恨まないようにと、努めた。
 さて、文学学校では、作品の一つ一つに、先生方がご指導してくださるという。諸先輩や同期の仲間も、読んでくださる機会もあるらしい。有り難いことだ。
 しかし、不安がある。私は、私を成長させようと掛けて下さったそれらの言葉に、傷ついたり恨んだりしないだろうか。逆恨みということもあるかもしれない。ああ、どうしよう、自分の心がコワイ。
 私がもしも長期欠席をしたら、世間に疎いゆえに逃げ出したと思ってください。
 そうだよね。待ち伏せしている、ということはまず無いとは思います。
〈在籍半年 「文校ニュース」21・12・6〉

課題ハガキ

夜間部本科 小野敦子(兵庫県)

最近強く思うこと

自分にとっての幸せって、いったいなんだろう? 最近はそんなことを頭の中でぐるぐる考えている。いや、もしかしたら最近に限った話ではないのかもしれない。学生時代からずっと探し続けてる気がする。つまり、私はずっと、絶賛自分探し中、なのである。
 二十代後半になり、足並み揃えてきた友達たちが皆、それぞれ己の道を歩み始めた。結婚。出産。あるいは転職。現状維持を選んだ子もまた一つの選択である。彼女らは、新しい人生のスタートを、いっせいに切った。
 さて、私も立ち止まっている訳にはいかない。選んでみようじゃないか、自分のこれからの人生を。何が幸せなのかなんて、もうわからない。目を閉じたら浮かんでくる「欲しいもの」。この思いしか、私にはもう、わからない。
 半年前に浮かんできた欲しかったもの。親から自立する。大好きな神戸に住む。関西の美味しいものを食べる。小説を書いてみる。そして現在、とりあえずそれらを全部、手に入れた。
 今現在の私は、「過去の自分が選択した結果」である。うん。全然、悪くない。むしろめちゃくちゃ楽しいじゃないか。今の私の道。
 もしかしたら、この繰り返しが「幸せ」ということなのかもしれない、と最近思う。
〈「文校ニュース」 21・12・24〉

はじめてのスクーリング

通教部本科 青木大地(静岡県)

合評を創作の励みに

スクーリング当日の朝九時、谷町六丁目駅から地上へ出て、スマホでグーグルマップを見ながら、文校へと向かう。午前のプレにも参加するためだ。
 どんよりした曇り空から、小雨がほんの微かに降っている。地面がしっとり濡れる。歩く足取りは、重い。これから、自分の小説を批評されるのだ。内心、不安だった。もし、プレに血気盛んな方がいて、いきなり怒鳴りつけながら原稿をビリビリに引き裂いてきたら……。そんな、変な妄想さえしてしまった。(この感想文を書いた時、急に中学生の頃を思い出した。俗にいう「ゆとり世代」なのだが、中学校はスパルタ教育で、教師たちは気に食わない生徒を、平気で怒鳴りつけて殴っていた。だから、三十手前になった今でも怒鳴る人が苦手だ)。
 だが、プレに行くと決めているし、仕方ない。腹を括る。なんとか、文校の古びたビルへ着く。薄暗い階段を登って、三階の教室へ入る。雰囲気は、教室というより、文芸部の部室みたいだ。プレに出席する方々もすでにいて、開始まで楽しく会話した。
 九時半、いよいよプレが始まった。軽い自己紹介を交えた後、小説の合評が進む。
 自分の番が近づいていく。心臓の鼓動が早くなる。いよいよ自分の番になった。批評が交わされる。概ね、事前にクラスの担当チューターから指摘された内容が多かった。「雰囲気でごまかそうとしている」「詰め込みすぎ」「文章がくどい」。だが、批評は予想以上に建設的で、創作の励みになるものばかりだった。タメになる。プレが終わったあと、大きく安堵のため息をつく。とにかく、来てよかったと思った。
 午後のスクーリング本番も、穏やかに進んだ。自分も批評を言ったがあまりタメになるものか、わからない。スクーリングの最後に、創作論を語り合う場があった。様々な意見が交わされる。その中で、「十人が読んで八人が酷評して、二人が絶賛する。そんな小説が後の世に残る」という言葉が特に印象に残った。自分も、そういう作品を作っていきたいと思った。
 スクーリングが終わり、新大阪駅へ向かうため、御堂筋線に乗った。車窓から淀川が見える。ゆったりと流れていた。淀川を見ながら、これからどんな作品を作っていこうかと想像をふくらませた。
〈「文校ニュース」 21・10・4〉

特別講座に参加して

昼間部研究科 名倉弓子(奈良県)

綿あめを構成するものは

準備万端の教室で、開始時間が少し過ぎて、ちょっと緊張して待ちかまえた文校のスクリーンに、三浦しをんさんが登場されたとき、これまでの私の中の「三浦しをん像」は瞬時に上書き保存されてしまった。もう以前どう認識していたのかを、忘れている。多分、これまでに読んだ作品の雰囲気+今回のチラシのプロフィールに載っていた写真から想像していた姿だったのではないか。
『マナーはいらない』の中の一節にとても印象の残る箇所があった。「綿あめを構成するものがふわふわしているでしょうか? 否!」。これはしをんさん御自身をも表す比喩だ。同書のしをんさんの語り口はこれでもかというほど気遣いに溢れている。これまでに私が読んだしをんさんの小説は登場人物の魅力とともに軽快に物語が進む。けれど、材料はちっともふわふわしていなかったのだ。
 対談からこぼれたしをんさんの中にあるもの。例えば、子ども、弱い立場の者が常に暴力的なものにさらされているといることへの怒り、恐れ、あるいは人間や言葉を信じる力。
 砲丸を直接人にぶつけたら死んでしまうけれど、砕いてあんころ餅に混ぜて、知らない間に大勢のお腹に残す戦法だ。しをんさんの核は熱された砲丸だったのだ。
 自分自身も書きながら常に疑問だった、父親の不在について。「どうして優れた女性文学に描かれる男性は不在あるいは情けない姿なのか」という問いに「現実だから」と言い切られたときの熱量。「でもこれから変わっていくでしょう」。「女による女のためのR―18文学賞」の重要性を話された時の熱量。「成人女性によってあぶり出される問題は多く重たい」。そして、文学賞に「年齢は絶対に関係ありません」とおっしゃったときの熱量。とても大きく感じた。
 小説の書き方について心に残ったことも、もちろん沢山ある。一番響いたひとこと。
「リミッターを外せ!」
 文学学校に来ているのに自分の書いたものを「小説」と呼ぶことができず「作文」と表して非難されたことがある。それでも未だに「書いたもの」とか言ってごまかしている。
 そうしたら、『マナーはいらない』のあとがきに『「文章を書く」と「小説を書く」の隔たりを埋めるというか、両者をつなげるには、何が必要なのか』という問いかけがなされていた。二十年を超えて一線で書いてこられた方が、今もその疑問に冷静さと情熱をもってのぞまれていることに心打たれる。
 しをんさん、材料や熱源を、惜しみなく見せてくださってありがとうございます。
〈在籍二年半 「文校ニュース」 21・10・4〉

学生委員会の活動

21年度秋期学生委員長 上田 雄己(夜間部研究科)

大阪文学学校には、学生委員会があります。
 学生委員会とは、一言で説明すると中学・高校における生徒会のようなものです。隔週月曜日の夜に学生委員が集まり、委員会活動について議論を深め、より良い文学学校にしようとしています。文学学校の学生は社会人が多く、必然的に学生委員も社会人が多いです。
 学生委員会がいつできたのかは分かりませんが、あるチューターにお聞きすると、四十年前も学生委員会は存在していて、そのチューターも委員会活動をされていたとのことです。いったい、文学学校に何のために学生委員会があるのでしょうか。その理由は私にははっきりと分かりませんが、文学学校という場所を思えば考えつくことがあります。
 これはどこかで聞いた言葉ですが、印象に残っているものがあります。「作家になるための英才教育はない」

「書く力」を伸ばしたくて入学された方がほとんどだと思います。この入学案内書には、「書く・読む・聴く・対話の学校——いま、文学の森へ!」と書かれています。文学学校が独特なところは対話にあるのではないでしょうか。他者の意見や見方を知ることに加えて、人間同士が関わっていくうえでの肌感覚も重要だと思います。学生委員会には他者がいます。多くの人と接点をもつことで、自分の考えを創り上げていけるのではないでしょうか。
 ただ、委員会活動や人と交わることで「書く力」が伸びるのでしょうか。それは、私には分かりません。
 一つ言えることがあるとすれば、学生委員会に入ってからは濃密な時を過ごせた、と私自身は思っています。大切なことは言葉で言い表せない気がします。
 皆様、是非とも学生委員会にお越しください。きっとクラスや世代を越えての出逢いや発展があることでしょう。

 学生委員会は三つの部門で成り立っています。
◎在特部・・・・・・学生が学生の作品を選考し学生で編集して、樹林「在校生作品特集号」を制作します。
◎イベント部・・・文学散歩、夏季合宿、文学集会(文化祭)等のイベントを企画します。コロナ禍ならではの企画も行っています。
◎新聞部・・・・・学生新聞「コスモス」を発行します。

委員会は、隔週月曜日の夜に開催致します。月曜日の夜に都合のつく人は、是非ご参加下さい。

うちのクラスは
こんなんやで

石川高広(36歳)

昼間部本科/小説(大西智子クラス)

土曜日昼間・大西クラスには、各世代の16名(男8名、女8名)が在籍。時代の流れに押され、今はZOOM参加がメイン。文学学校に顔を出すのは5人前後。私は幸運にも女子プロゴルファーと一緒にゴルフをしたことがありますが、大西チューターは彼女たちによく似ています。「勝負師」って感じです。
 在籍生が発表する作品は十人十色で、原稿用紙10~100枚超(2回に分けて計300枚の場合も)。題材は、殺人、風俗嬢、お笑い、等々。他人の作品を読む時間があれば、自分の作品に割いた方がいいのでは? と思ってましたが、それは大間違いで、合評の上手さ(読解力の高さ)は、書く力に比例します。みんなの作品から良い点や悪い点を学べ、それは自分が書いたことに思えるのです。そして全力で作り上げられた作品からは勇気をもらえます。
 さて、クラスはみんな個性派揃いですが、ここでは3名のみをご紹介。⦿名古屋からやって来る30代の短パン男性/暖房もろくに効かない真冬の教室に短パンで登場。しかも無口。どんな作品を発表するのかと思うと、みんなビックリのエンタメ大作。専門学校(脚本)ではスーパースターだったとか。⦿アイドル顔で身の毛もよだつ辛口の20代女性/ボクシングの井上尚弥選手を思い出すほど、的確に作品の急所をパンチ。パワーも手数もハンパではない。発表する作品は憎たらしいほど素晴らしい。正体は謎だが、私は勝手に外科医と想像。⦿私の尊敬する才色兼備の妙齢の女性/勉強熱心な学者タイプで、公開講座も多数掛け持ち、とっても上品に言葉を使いこなします。あっという間に上達され一躍クラスの顔的存在《私感》。ノンフィクション作品を世に送り出した経歴あり。
 さいごに。懇親会が不定期開催されます(大西チューターはビール大好き)。魂を込めた作品を書いた方との会話は、会社の飲み会よりずっと楽しいです。

うちのクラスは
こんなんやで

森岡大(48歳)

夜間部本科/小説(西井隆司クラス)

金曜の夜に小説を書くために集まるなんて、それだけでどうかしている。わたしはわたしが見たもの出会ったものを羅列するのみである。
 メトロの出口をでると赤い十字架と月が夜空に輝く時間だ。洒落た店が並ぶ商店街を通りすぎて、「人は誰でも一冊の本になれる」の入り口を潜り三階まで駆け上がる。目指すは一番奥の部屋。換気のために開いた窓から漂う冷気とストーブの炎を中心にぐるり囲む机とパイプ椅子は働き盛り学び盛りの熟しつつある週末作家の訪れを待っている。
 マツナガどんの作品は会話が軽妙。評も潔くわからないものをわかるとは言わない。スズキどんは相手に目線を合わせてゆっくりと聞き取れるように話す。タンベどんの明るい目元と透明感のある評は聞く人を魅了する。ダニエルどんの評はいつも暖かく心に響く。メモをとりたくなる。ホンダどんの根の生えた力強い視点はあらゆるものを貫き説得力がある。タカギどんの隙間を埋めるような補足と包容力に誰もが包まれる。破壊力のある作風と子犬のようになつっこいキモトどんに癒される。シンデレラのように金曜ロードショーに連れ去られるミヨシどんの一言に目が覚めるのはわたしばかりではないだろう。生きる全集、フナビキどんの声が今日も響きビルを揺らす。参加が途絶えたコバヤシどんの声も恋しい。いずれにしても、よく集ったものだと不思議な気持ちになる。チューターどんの、「いいですね」、「今、鋭いこといいましたね」、「もう何も言うことがありませんね」を今日も聞けるだろうか。
 ひとり、またひとり、巣箱に戻る鳥のように集まりだす一八時半。
 混ざる温度に風が渦巻く。扉に吊るされたトイレの鍵を揺らす。
 チューターどんの配る菓子を頬張りながら、今日も命を読み合っている。