在校生の作品

水色の小紋

長田早智子
(通教部専科/詩・エッセイクラス)

この齢になると人生に起こった出来事を忘れてしまっていることが多い。「ほら、あんなことがあったでしょ」などと言われても、どうしても思いだせないこともある。逆に、色あせない思い出もいくつかある。その人の着ていた服や、周りの景色、空気感までも、鮮度を保ったまま閉じ込めたように……。四十七年前のあのシーンも、そういう思い出の一つだ。
 沖縄が本土復帰する前年の昭和四十六年。年が明けて間もない日曜日の午後だった。北寄りの季節風が吹く寒い日だったが、空は青く澄みわたっていた。
 台所で洗いものをしていると、「姉々(ねぇねぇ)、ちょっと来て」と妹が声をかけてきた。振り返ってみれば、いつの間にか五人の妹弟が座っている。一瞬戸惑いつつも、言われるまま彼らの前に座ると、示し合わせたように小学生の末弟が奥の小部屋から何やら抱えてきた。
「これ、開けてみて!」
 五人が頭を突きあわせるようにして、包みを私のほうへ押しやった。私はびっくりして立派な包装紙を見つめながら、無言のままそろそろと紐をほどいた。和服だった。その日の空を映したような水色の着物と、金色の蝶が描かれた袋帯だ。
「どうしたの、これ」
「姉々(ねぇねぇ)、成人式にこれを着て!」
 口々に言った。十の瞳が私を見つめていた。翌週、町主催で行われる成人式に、私は内心、出席しないことを決めていた。式典のために、高価な振袖を用意するのは、我が家に不相応との思いと、大人になるのに形式的な式典は重要な意味をもたないなどと生意気にも考えていたからだ。
「これね、みんなの貯金を合わせて買ってきたんだよ。成人式に着て欲しいんだよ」
 糸満の新世界通りの呉服店で買ってきたという。値段を訊いて更に驚いた。新入社員の私の月給をはたいても、とうてい買えない金額だ。
「明子と二人で買いに行ったらね、M商店のおばさんが、八十ドルで買える着物はないよって最初は言ってたんだけど。八十ドルしかないし、どうしても姉々に着せて上げたいからって、一生懸命に頼みこんで負けてもらったわけさ」
 貧しい身なりの少女が二人、賑やかな商店街の呉服店の店頭で、店主と交渉する姿を想像して、妹たちのいじらしさに私は瞼の奥が熱くなってきた。
 父が病気のため早世し、貧しさの中で私は大学進学への未練を残したまま就職したが、母と私の収入を合わせても、一家七人の暮らしはなお楽ではなかった。妹弟たちは新聞配達をした。雨や台風の時も、早朝から海辺の家々へ新聞を配る。そうして幾年かけて蓄えた大切なお金を、姉の成人式の着物のために使い果たしたのだ。それを思うと嬉しさよりも申し訳がないのと勿体ない思いがあった。それでもやはり嬉しかった。
 数日後、私は美容室で着物を着せてもらい写真館で記念写真を撮ることにした。
 ところが……あろうことか写真館の姿見に映った、自分の着物姿を目にして私は幻滅した。写真館の壁に貼られたポスターの着物は、紅地に牡丹の花柄の振袖だった。それはもう艶やかで奥ゆかしく、瞭然たる美しさで見る者を惹きつけている。それにひきかえ鏡の中の私は、水色の地に菊の小花の小紋。短い袂のせいか、老け顔の私は一層、地味でとうてい二十歳には見えない。
 モデルさんと自分を同じ土俵で比べたのも不遜であるが、折しも振袖の女性たちが長い袂を揺らしながら写真館に賑やかに入ってきたのである。その華やかさに圧倒され、意固地な心はさらに打ちひしがれてしまった。できあがった写真は改めて私を惨めな気持ちにし、それを家族の誰にも見せないまま引出しの奥に仕舞いこんだ。そして成人式典には出席しなかった。
 今にして思えば、当時は希望の進路に進めず、苦労続きの母も楽にしてあげられず、容姿も思い通りにいかない。自分自身の、すべてに自信喪失となっていたのだろう。
 式典に出席しなかった自分の迂闊さに肝を砕いたのはそれから十年も経ってからである。

 庭の草の芽が萌えだし、肌寒さが心地よい朝だった。雲ひとつなく抜けるような青空を見上げているうち、唐突に、妹弟たちが頭をつきあわせるようにして立派な包みを差し出してくれたあの日のシーンが蘇った。逸る心で部屋へかけこみ、箪笥に仕舞ってあった包みを取り出した。踊りだすように現れた小紋は、今しがた目にした空のように清々しい水色。嬉しそうに着物を差し出した妹弟たちの笑顔が浮かんだ。愕然となって泣きながら着物の袖を持ち、立ちあがって鏡の前で羽織ってみた。水色の生地に、赤と黄の小花が散りばめられた小紋は、おりしも新緑の季節の中で、驚くほど私を引き立たせてくれる。少し色褪せたけれど、それは長い時を経て発掘された財宝のような光沢を放っている。
 貧しさの中、和服の知識などあるはずのない妹弟たちが全財産を投げ打って買ってくれた贈り物。それなのにこの姉は、なんと思慮が足りなかったことだろう。期待を裏切って式典にも出ず、みんなの心を傷つけてしまった。愚かだった。
 貧しかった時代に助け合った家族の、心のこもった贈り物を、四十七年を経た今も私は宝物として大切にしている。

《『樹林』2019年春(2月)号の文校チューター推薦コーナー〝秀作の樹・個性の花〟より再掲》

作品寸評

 幼い妹弟たちが数年間、新聞配達でためた貯金を合わせて、長田さんの成人式の着物をプレゼントしてくれたという話である。新入社員の給料を上回る大金であったが、着物はそれよりも高かった。幼い子どもたちは呉服屋の店主に一生懸命頼み込んでようやく買ってきたのである。この話は達意の文章で書かれていて、とても感動的であった。ところが、話はそれで終わらない。数日後、美容院で着物を着せてもらって写真館で記念写真を撮ろうとする。姿見に映った自分の着物姿に幻滅した。写真館のポスターの華やかな振り袖姿に比べて、地味で二十歳には見えなかったのである。そこに美しい振袖を着た娘さんが入ってきたので、圧倒され、打ちのめされた長田さんは出来上がった写真を見て惨めな気持ちで誰にも見せず、引出しの奥に仕舞いこんで、成人式には出席しなかった。十年後、突然、着物をプレゼントされたシーンを思い出し、箪笥から出して、着物を泣きながら羽織って、その美しさを見て、自分の愚かしさを悔やむ。この着物は自分にとっての宝物として大切にしているというのである。私はこのエッセイを読んで不覚にも何度も涙を流した。
(冨上芳秀)