在校生の作品

短編小説「穴掘る人」

芳野(よしの)さらさ
〔2014年4月通教部入学。現在、研究科小説クラス在籍。岡山市在住〕

夫の貢が突然、シャベルで庭に穴を掘り出したのは、春まだ浅い日の午後だった。

 香苗は台所で、昼食の後片付けを終えようとしていた。休日の一仕事を終えた気分になって、振り返りざまにリビングのカーテンの隙間から外を見やると、早春らしい寒気を含んだ薄青い空が、気持ちよく広がっていた。これまで通りの昼下がりの光景だった。
 そんなときに唐突に、シャベルで土を掘り返す音が、たどたどしく断続的な不協和音のように響いてきた。ここでは聞き慣れない音だった。なにが始まったのか。誰がどこで? まさかこの家ではないだろう。近所で何かやっているのなら、じろじろ見るのも失礼だ。後でそっと見ればいい。
 だが、音は一向に止むようになかった。香苗は思わず音の近い方向の窓に歩み寄り、レースカーテンをはぐった。
 すると、正面の庭で貢が穴を掘っていた。既に直径数十センチの穴が掘られているが、まだまだ掘り返していく。固い地面が、なかなか素直にシャベルを受け入れないのか、貢はかなり体力を消耗しているらしく、汗ばんで見えた。
 また何か始めたんだな、と香苗は悟った。そしてそおっとカーテンの端を元に戻した。
 ――たぶん、今ここで私が尋ねても、夫は何をしているのかをきちんと言わない。そして、言っても言わなくても止めない。無駄な神経を働かすのは止めて、放っておくに限る。何をしているかもそのうち必ず本人がしゃべるだろう――
 子どもも巣立っていって、夫婦二人きりの結婚三十年目、香苗の学習の成果だ。もう無駄な労力は払わない。

 貢の穴掘りは、天気が良ければ休みごとに、暗くなるまで続いた。そして最初の穴は、直径1メートル、深さ5~60センチの穴になっていた。驚くのは貢が、庭中まんべんなくたくさんの穴を掘り続けることだった。しかし、なぜか他の穴はせいぜい直径3~40センチで深さもさほどなさそうだった。

 この頃の、あるかなきかの曖昧な春が過ぎ、夏が来たかと思うと、蒸し暑い雨の季節になった。その頃には庭は穴ぼこだらけになっていた。どこか不気味だった。しかし、夫はまだ何をしているのかしゃべろうとはしない。そして香苗も頑固に知らん顔を通していた。
 香苗はこの頃になると、穴が何のためであるかというより、こんなにお互い無関心でいられることに驚いていた。感情の動きが乏しいのだ。穴掘りには関わらないので喧嘩はない。だったら、どうだっていいかもしれないとも思えた。
 香苗はきちんと時間が来れば食事は作るが、貢は好きなテレビを見ながらそれを気難しい顔でもくもくと食べる。おいしいのかまずいのかわからない。それが普通になった。
 貢は経済番組とニュース、スポーツ番組は見るが、ドラマや歌番組は絶対に見ない。香苗が好きな番組を見ていると、チャンネルを変えるか、あからさまに嫌な顔をする。言い合ったこともあるが、この頃では食べ終わると、香苗の方がさっさと別の部屋のテレビの前に移動する。それも習慣になりつつある。

 ところがあるとき、こんなことが起こった。
 梅雨にしては当たり前だが、かなりまとまった雨になった日だった。香苗は週三日、夕方までパートに出ているのだが、たまたま残業になった。愛車の軽四で家にたどり着くと、夫はまだ仕事から戻っていなかった。縦列駐車の車庫のため、香苗の車は奥の方に停める。辺りは薄暗かった。
 夕飯の支度もあって急いで車を降り、車庫から玄関先に向けて庭に踏み出したとき、思いがけず足をとられ、身体がつんのめった。しまったと思ったがもう遅かった。穴があることを忘れていたのだ。穴は思いのほか深く、しかも雨のせいで泥水がたまっていた。香苗はドロドロの水たまりの中にころんで右の手のひらを打ち付け、ひざをすりむいた。服も泥で汚れた。その水たまりが貢の掘った穴の中で一番大きな例の穴であり、計ったように車から降りたときに真横に存在していた。まるで香苗のために作られた、落とし穴のようでもあった。

 香苗はついに、仕事から帰ってきた夫に、内出血した箇所を見せながら言った。
「これを見てよ。今日車から降りて、あの穴に足をとられてこけたのよ。一体何のためにあんなに庭に穴を掘ってるの。危ないじゃない」
 貢はちょっと驚いた顔をしたが、すぐ半笑いのような表情を浮かべた。
「えっ、何だおまえ、いい年してこけたんか。さすがだな、もう足腰弱ってんじゃないのか」
「はあ、何言ってんの。あの位置にあの大きな穴。暗かったら誰だって足とられるに決まってるじゃない。人が何も言わないのをいいことにいつも勝手なことばっかりして、迷惑なのよ」
 香苗の本気の表情に、貢も少し顔色を変えた。
「ああ、あれはな、芝を植えるためにしているんだ。なんだ、聞かないから分かってると思ってた」
「しばって、芝生の芝? なんで芝なんか植えるの? それに芝植えるのになんであんなに穴掘る必要があるの?」
 香苗は、夫の言い分が唐突すぎて、ついていけない。でもこんなことは、そうだ、初めてではなかった。
「庭を芝生にする。そのためには土壌改良がいるからな」
「最初は全部あの穴くらいにしようと思ったんだ。あんまり固いんで腕が痛くなったから止めた。仕事にさしつかえるしな」
 平然とあたりまえのようにスラスラ主張する夫。それはいつものことではないか。だから、半分あきらめてはいるが、一応言う。
「芝生なんか、なんでするの。手間がかかるに決まってるじゃない。今時そんな手間のかかること、この近所で誰がやってるの」
 香苗はきっと、夫は次はこう言うだろうと予測をつけていたら、間髪入れず言った。
「近所がどうだろうと関係ない。うちはうちだ」
 ほらね、やっぱりと香苗は思う。もうこうなったら、夫は言うことをきかない。

 新聞の集金に来た母と同世代のおばさんが、夫がずっと庭で何をやっているのか聞いてきて、訳を言うと
「芝? 悪いこと言わんから止めなさいよ。あれは大変なのよ。それより小石を敷いたほうがいいわ」
 と世話を焼いてくれた。これも夫に言ってはみる。
「うるさいな、人の家のことに口出しするなと言っとけ」
 案の上の答えが返ってきた。

 香苗はこの穴ぼこだらけの庭を見ると、鈍い痛みを感じるようになった。
 この間のけがで受けた手足の傷は治ったけれど、夫は気がつかない。夫が庭に開けた穴が、過去に受けた心の古傷をえぐってしまったことに。
 子どもたちが家にいて、幼稚園や学校の家庭訪問があった頃には、香苗は張り切っていろいろな花を庭に植えた。あの頃は近所も競うように花を植えていた。貢は一瞥もしなかったが、子どもたちの笑顔に救われた。花なんかなんで植えるんだ、すぐ枯れるしくだらないと言っていた。それでも少しはきれいだと思うかも知れないと、花は植え続けていた。
 子どもの小学校の学習発表会だった日、夫婦で参観したものの、貢はイライラと香苗を学校に置き去りにして、先に車で帰ってしまった。帰ろうとしたとき、ママ友が香苗に親しげに話しかけてきて、少し子どもの話をしたのが気に入らなかったのかもしれない。駐車スペースに行くと、車がなかった。前にもこんなことはあったので、やられたなと思った。仕方がないのでママ友に訳を言って、車に乗せてもらって帰って来ると、庭や花壇の様子が変だった。見ると夫が、せっかく植えた香苗の花をシャベルでほじくり返して脇へ捨てていた。
 腹が立って問いただすと、貢は言った。
「庭には木を植える。花なんかいらんから抜いて捨てたぞ」
 もう、むしろ悲しかった。何をイライラしていたのか知らないが、妻を学校に置き去りにして一人車で帰ってしまった夫。ママ友に理由を説明したとき笑われたことも恥ずかしく、それだって十分悲しかった。帰ったら無断で妻の植えた花を抜き、種をまいたところはほじくり返す。それで何も感じない。妻の気持ちを考えず自分の思いしかない。花だって生きている。こんな仕打ちはひどすぎる。
「なんでせっかく植えた、咲いている花まで捨てるのよ」
「そりゃあ、木を植えるのに邪魔だからだ」
 言葉に何の罪悪感もなかった。夫は自分の予定を乱されるのを嫌う。だからママ友を無視して、妻を置き去りにもする。
 こういうことの積み重ねが今の夫婦のあり方だ。香苗は花を徐々に植えなくなった。自分の中で、もう子どももいないのだし、パートの仕事に出て忙しいんだし、と言い訳した。
 夫の庭に開けた穴からは、そんな思い出がくすぶって、次から次へと湧いて出てくるようだった。
 夫は喜々として、こうも言った。
「芝が青々してきて、花壇に花でも植えたら、きれいな庭になるぞ」

 子どもが巣立った今になって、何のために芝を植えるのか。しかも今更花だって。だから、香苗は理解できないし、したくもないのだ。夫に聞かせるように独りごとを言った。
「穴を掘って、土を入れ替えて、土壌改良すれば、庭は生まれ変わるんでしょうね」
 ――ついでに私も単純に納得すると。今までのことも、これからも?――

 梅雨の晴れ間の朝だった。休日でもあり、今日は数日ぶりに、夫はまた穴掘りを始めるだろう。もうそろそろ掘り終わって、新しい肥沃な土を入れていくかもしれない。香苗は、少し意地悪く庭を見渡して、小さくため息をついた。
 芝生にも花にも、そしてそのために開けた穴にも罪はないのかもしれないけれど、なかなか素直を演じられそうもなかった。ぶつかれば喧嘩になる。そうしたらなんで香苗が怒るのか分からない夫に、理屈で責められる。やはり無関心が一番。長年の知恵だ。
 かつて香苗は、夫にこっちを向いてほしかった。そういう頃も確かにあった。しかし、夫はいつもそっぽを向いていた。今どんなつもりか知らないが、必死でこっちを向いているようにも見える。香苗が以前と同じ方向を見ていると、思っているのかも知れない。ひとりよがりだけは、今でも変わっていないのだ。
 香苗の心の中の風見鶏は、くるくる回転して、決してまともに向き合おうとはしない。もう違う景色が見たいのだ。今度はこちらがそっぽを向いている。そんな心の光景が脳裏に浮かぶと、少しおかしかった。

《『樹林』2022年7月号(通教部作品集)より再掲》

作品寸評

 夫の貢が唐突にシャベルで庭に穴を掘り始めた。夫婦の関係はすでに冷え切っており、妻の香苗もそれが何のためかは聞こうともしなかった。ある日、雨の中を帰宅した香苗は穴に足をとられ、泥だらけになってしまう。怒りが頂点に達した香苗が夫を問い詰めると、土を入れ替え、芝生を生やすのだということだった。納得のできない香苗であったが、無関心を決め込もうと心を固めるのであった。
 題名にもなっているが、「穴を掘る人」のイメージが日常を少し歪める効果をもたらしている。夫婦の関係というと、どうしてもありきたりの「愚痴」に堕する危険をはらむが、このイメージがそれを回避し文学の領域にとどまる作用をしているのではないだろうか。逆に、効果的な小説の形にはなりきれていないようにも思える。そこを追究することは、多くの人にとって学びになるのではないだろうか。
(石村和彦)