在校生の作品

(エッセイ)キョーコさんは、今日も行く

野原よう子
(通教部研究科/詩・エッセイクラス)

「先週、胆管炎の手術をしたよ。あの医者、臍のゴマとりつくして、管入れてねー。医者って、切りたいんだねー」
 と、久しぶりに掛かって来た電話で、いつものように日向ぼっこでもしているような、のんびりした口調で他人事のように言う。十年来の写真友達であるキョーコさんは、エネルギッシュに日本中をかけまわっているのだが、ここ一年、病に追いつかれ気味だ。乳癌、肋骨骨折、旅行中の海鮮丼が当たり、救急車を呼ぶこともあったらしい。今回も、熱心に撮影に飛び回ったその夜、発病したということだ。たまにしか同行しないが、何故か気が合い、定期的に電話をもらう。
「こんで(来なくて)いいからね。でも来てもいいけど……」
 と、今回は何だか寂しそうである。
 今まで見舞いに行ったこともなかったが、I駅近くの郵便局の筋と聞き、電車に飛び乗った。
 隣り合った字(あざ)名を確認しそびれて、迷いに迷っても、行きつかない。暑さと荷物の重さにくたびれた私は、何で自宅にまで行くって言ったのかしら、親友でもないのに――。陽炎立つアスフャルトを踏みしめながら、でも弱気の彼女ははじめてだなあと、自問自答を繰り返した。
 A園団地で迷い、Y園はずっと向こうの団地だよと、何人もの親切な人に教えられ、やっと彼女の家に辿り着いた。
 大きな家に一人住むキョーコさんは、パジャマ姿でいつになくしおらしい。近所の友達やお手伝いさんらに助けられながら、手術後の養生のかいあり、回復が目覚ましいそうだ。
 お裁縫からパソコン駆使まで何でもできる、もとキャリアウーマンのキョーコさんだが、インデックスのついたこれまでの写真の膨大な資料を見せてもらい、できる女なんだと改めて感心する。できる女が、でれでれと話すのは、いつも、息子のことである。
「手術のこと言ったら、帰ってくるというから、やめてくれと言ったよ」
 東京で暮らす一人息子のところへ、しょっちゅう会いに行く彼女のことを、息子が恋人みたいと茶化す仲間もいる。我が息子にめったに会う機会のない私も、ああ、いいなあといつも思っていた。
 元気になったら東京で会う約束をして、仕事を休んでの無理な帰郷は止めることに落ち着いたそうだ。
 隣室の仏壇の上に、亡くなられたご主人の遺影が掛かっている。その隣に掛かる女の人の写真を見て、
「あっ、ご主人のお母さん?」
「前の奥さんよ」
 えっ、キョーコさんとは歳の差婚と聞いてはいたけど、先妻さんがいらっしゃったことは、初耳だった。
 それにしても、全て片づけたいはずの先妻さんの、しかも写真をご主人の横にならべるとは、何と心の広い! 先妻さんは病気で長患いの方だったらしい。
 我が甥坊は、二度目の奥さんのため、家の内装を全て作り変えてるというのに。キョーコさんえらいね。これまで、耳にしなかったキョーコさんの身辺事情だった。
 来る途中スーパーで買っていたお惣菜の数々を食卓に並べていると、椅子にちょこんと座って、食卓の上を眺めていたキョーコさんが、思い切ったように、
「息子は、先妻さんの子どもよ」
 と、ポツンと言った。
 私の頭の中で、これまで何度となく聞いてきた息子さんとの話題が、グルグル超高速で渦巻く。そして、何の涙かわからないけど、私の頬を濡らし胸の中が熱くなった。
「私がこの家にお嫁に来たときには、息子は中学生だった。『あんたのお母さんは、一人だけ。私をお母さんって呼ばなくていいからね』と言ったんよ」
 その時から、仏壇の上には先妻さんの遺影が飾られ続けた。
 キョーコさんは、私にとって親友以上の人のような気がする。

作品寸評

作者の野原よう子さんは広島県在住で、通信教育部の詩・エッセイクラスで学ぶこと4年半。担当の川上チューターから、≪野原さんは、詩を書かれる時よりも、エッセイの方が自由で滑らかで話が快活に快調に進む≫と評されたことがあったが、このエッセイもそのような味わいの格好の見本になっている。テンポよくそしてさりげなく、キョーコさんの人となりを浮き上がらせていく。ところがだんだんと、ありのままをなぞるエッセイの枠を越えて、エエーッ、そんなことってあるの、と意外なことが提示される。小説的に読まされる。キョーコさんは、亡き夫とその前妻の遺影を並べていたり、最愛の“息子”は自分の産んだ子ではなかったと洩らす。
(小原政幸)