在校生の声

17春 入学生の想い

夜間部本科 今西亮太 (兵庫県)

ぼくは小説と無縁の生活を送ってきたと思っていました。夏休みの読書感想文は最終日にするのが恒例でしたし、小学生の時に初めて小説を手にした理由も好きな子が持っていたからでした。受験の国語では苦い思い出しかありませんし、大学入学時までに読み切った小説は手で数えられるほどでした。
 それなのに、入学した先が、日本文学専攻の創作コースでした。受験校は塾の先生に選んでもらったので、まさか〈文学〉の二文字が入っているとは思いもしませんでした。このことを知った時、直ぐに塾の先生のもとに行って――おかしな状況ではありますが――選んだ理由を聞きました。すると「したいことをする時間が作れるから」ということでした。当時、特にしたいことがあったわけではないので、困ったのを覚えています。そして、その日の帰り際に先生は一冊の本をぼくに薦めてくれました。その本は重松清さんの『その日のまえに』という小説です。入学したら嫌というほど読まされると聞いていたので、開き直って読むことにし、その日の夜に読み始めました。すると、自分でも驚いたのですが、感動して泣いてしまっていたのです。映画でも、ドラマでも泣いたことが無かったぼくが、嫌いに嫌っていた「文字」に泣かされたのです。その時、不思議な感情に陥ってしまいました。そして、何よりも大きかったのが、この出来事から小説に対しての拒絶が少しずつ取れていったことです。そのお陰で、大学の講義で楽しんでいる自分がいて、気が付けば本を読み、小説を書いていました。
 これだけの状況の変化に本当に驚きました。まさか先生に言われた「したいことをする時間」を文学に捧げていることも驚きです。
 ぼくは「縁」という言葉が好きなのですが、これも立派な縁なのではないかと思います。好きな子が小説を持っていた縁から始まり、こうして文学学校に入学した縁へと続きました。これからもこうした縁が続くことを喜び、噛みしめ、西村チューターをはじめ、他の仲間と切磋琢磨して創作に励みたいと思います。
〈在籍半年 「文校ニュース」17・6・19〉

17春 入学生の想い

通教部本科 海野あかり (東京都)

小説とは何か

実家の本棚には宝物が詰まっていた。なかでも、アラン・シリトー『長距離走者の孤独』、ジョン・スタインベック『怒りの葡萄』、高橋たか子『誘惑者』、中島敦『山月記』、芥川龍之介『羅生門』、井上靖『しろばんば』が印象に残る。川端康成や武者小路実篤、アガサ・クリスティの世界に浸った時期もあった。母の敬愛した竹西寛子や、父が息子の名にその一字をとった谷崎潤一郎には、それほど惹かれなかった。だが、市販薬の効能書きを読むのも楽しい、そんな幸せな〝文字中毒時代〟を過ごせたのは、両親の書物への飽くなき好奇心が私へも伝染したおかげだと感謝している。
 ところが、社会人になるとぱったりと小説を読まなくなった。今にして思えば、家族への責任を果たさず〝小説家ごっこ〟に興じていた(と私が思っている)父への反抗期だったのだと思う。悲しい哉、この時期に手元の本もほとんど手放してしまった。
 そして、仕事に没頭すること十数年。ひょんなことから日本語教育に関わることになり、読解の教材として再び日本の小説と向き合うことになった。あるアメリカ人の生徒に勧められた三浦しをん『舟を編む』を読み、〝最近の小説〟にも宝物がたくさんあることを教えられた。これを皮切りに、図書館の文庫棚のア行から気になる本を読みはじめた。
 時期を前後して、母が突然入院し、わずか四十日で旅立った。最後の生き様(あえて死に様とは言わない)があまりに見事で、悲嘆にくれることもできない代わりに、自分も何かを残さねばとの想いが募っていった。
 現在、図書館の文庫棚はサ行まで進んでいる。碧野圭、朝井まかて、大島真寿美、奥田英朗、乙川優三郎、重松清、柴田よしき。そして、本屋大賞受賞作の数々に心震わされた。勘の良い方はお気づきだろう。朝井まかて氏の経歴紹介に記されていた〝大阪文学学校〟の六字。何かを残すなら小説しかないと入学を決めた。母の生き様を書き留めたいという思いもあるが、それだけではない自分も感じている。父との葛藤というマグマにも溶けず沸き上がってくる、積年の文筆家への憧れと小説への慕情だ。
 入学からひと月余りがたった。初作品や文章講座と向き合う中で、幾度、「小説とは何か」という問いにぶつかったことか。入学前を思うと、まさに敦忠の心境である。

  逢見ての 後の心に くらぶれば 昔は物を 思はざりけり
(百人一首・権中納言敦忠)
 改めて、ここに決意を記す。
  一、「小説とは何か」の問いと真摯に対峙しつづける。
  二、人の心の琴線に触れる作品を書くために努力を惜しまない。
  三、どんな批評も正当に受けとめられる心の広さを養う。
 諸先輩方や同期の皆様と、文校での活動をより実りあるものにできますように。
〈在籍半年 「文校ニュース」17・6・19〉

17春 入学生の想い

通教部本科 長田早智子 (沖縄県)

病床の孫と詩集

私が「詩集を出版したい」と思いついたのは、今年の二月末頃のことである。未だ一編の詩さえ持ち合わせていないのに、である。中学、高校時代、国語の時間に詩を学んだ記憶はあるが、それ以来詩を書いたことはない。だから詩集を出版するなど身の程知らずの無謀な思いつきには私自身が驚いた。
 その唐突な思いつきは、大切な家族の病気が発端だった。幼い孫が、必死に病と闘っている病床に日々見舞ううち、彼女が書いた詩を読む機会があった。
 そのうちの一編、「葉っぱ」。
「わたしは、葉っぱを見た。 しずくがのっていた。 しずくの ざぶとんがわりのよう。 しずくは、リラックスしていた。 葉っぱはうれしそうだった。 しずくの役に立てて」
 読んだとき、九歳の孫の純真な心が微笑ましく感動を覚えた。なぜそのことが私自身の詩集出版に繋がったのかは定かでないが、我ながら確かな閃きのように感じた。
 ともかく思いつくままに数編の詩を作ってみたが、如何せん素人ゆえ、稚拙な詩だ。
「詩集出版」ともなれば基礎を学んだほうがいいのではないか。しかし主婦の身とはいえ多忙である。などと思いあぐねているうち、地元新聞に載った「大阪文学学校募集」の記事を見つけ、挑戦してみようと決心した次第である。併せて、詩のお手本はないかと本棚を探し、何十年も仕舞ったままの『村野四郎詩集』を見つけると早速、ページを捲った。
 しかし詩人の詩は、書き手の視点で読むと難しい。詩の意味がほとんど理解できない。詩集出版に向けて高揚した心は少し萎んできた。
 それでも、一朝一夕にできることではないかも知れないが、焦らずに、ゆっくりと、なるべく早く詩集を編みたい気持ちがある。
 内面に湧き起る様々なことを描写できたらと思う。喜びや悲しみ、重い心なども詩にしたためてみよう。父母や祖父母、家族への想い、懐かしい風景への郷愁も綴ってみたい。そうすることで、人間として一皮むけることができそうな気もしてくる。「詩」を学ぶことで、より深く思索し、また視野を広げ、洞察する力も鍛えられるのではないか。ということは、人間として成長することもできるのではないか。などと、楽観的にすぎるかも知れないが、インスピレーションカードを持ち歩き、毎月一編は書きたい。講師の方のご指導を仰ぎ、スクーリングも極力出席しようと考えている。
 そうして、詩集が刊行できるころ、病床の孫はすっかり健康を回復し、私の詩集に刺激をうけた彼女も、楽しく詩を書いている。そんな場面を想像している。
〈在籍半年 「文校ニュース」17・6・19〉

課題ハガキ

昼間部本科 廣井マコト (大阪市)

私の歩んできた道

学生時代の成績は良くもなく、運動も普通。特技はなく得意なことは横になるとすぐ眠れること。小学生の頃、漢字テストで「小豆」のよみがなを「こまめ」と書いた。返された答案を見て何故不正解かわからず隣の席の子に聞いた。その子は「こまめ」を見て大笑いをして「あずき」と教えてくれた。恥をかいたが勉強になった。今度は「小豆島」を「あずきとう」と書いた。自信はあった。が不正解だった。そんな馬鹿な、と思ったが馬鹿なのは自分だった。もっと勉強ができてたら「しょうどしま」って書けたのに。悔しさと漢字の複雑さを思い知った。世の中そんなに甘くはないと「小豆島」に言われている気がした。
 私は間違えて恥をかいて物事を覚えていく人間だとわかった。格好良く自分の道を歩みたいと思ったが、私はそちらの人間ではない。スーパーで小豆の缶詰めを見る度「こまめ」を思い出す。恥をかいてきたのが私の大切な道だと最近よく思う。
〈在籍半年 「文校ニュース」17・8・9〉

課題ハガキ

昼間部本科 宇都宮優子 (大阪府)

最近強く思うこと

専業主婦になって四年目に入った今春、旦那に内緒でコツコツ貯めたへそくりをはたいて、文校に入学した。これまで何度も迷っては、お金や時間を言い訳にして見送ってきた文校。勢いでネット申し込みをして、後になって、やらかしたかな、と怖くもなったけど、最近強く思うのは、思い切って入ってよかったぁ! ということ。
 週に一度の文校は今の私にとってまるで、できたての恋人のようだ。金曜日、谷六にむかえばわくわくするし、その日以外は、文校でのことで頭の中がいっぱい。
 佐久間チューターの言葉は、細部にまで文学の熱と光が宿っていて、その一語一句をなんとしても聞き逃したくないと思う。同じクラスの人たちも個性を発揮できる素敵な人たちばかりで、自分の書いた拙い作品にも真剣に意見を言ってくれる。
 ただ問題は、チューターや仲間をすごいと思えば思うほど私はキョドって上手く話せない。なにせ、できたての恋人。嬉し恥ずかし浮かれるのもいいが、こんなことでは長続きしないぞ。ここは覚悟を決めてさっさと裸になってしまわねばならぬ。
〈在籍半年 「文校ニュース」17・8・9〉

スクーリング体験記

通教部本科 宇定記保 (鹿児島県)

濃密な時間

スクーリングと、そのあとにひらかれた懇親会に参加した。
 自宅から空港まで一時間、飛行機で一時間半、文学学校まで一時間。移動に合計四時間近くかかるのだが、思い切って行ってよかったと思う。それだけの価値はあった。通教生で、スクーリングの参加を悩んでいる方がいたら、ぜひ参加した方がいいと思う。それだけの価値はある。
 私を担当してくださっている、大沢先生にお会いできたのもよかった。
 提出した作品に、丁寧にご指摘をいただくので、親切な方であろうと思っていたが、実際にお会いした大沢先生は、想像していたよりも魅力的で懐の深い方であった。
 私たち生徒の作品を、良いところをちゃんと掬い取ってくださる。だからといって、褒めるだけかというと、そうではなく、ちゃんと「ここは書けてない」とぴしりと指摘もしてくださる。
 普段、独りきりで書いていて、周囲に読んで感想をくれるような知己がいないので、他人に、面と向かって、他の生徒から感想や、「ここはどうなのか」と質問してもらう、という機会も、得難いものであった。
 自分ではきちんとした文章を書いているつもりでも、他人にとっては、よく意味がくみ取れないこともある、ということは、頭では分かっているつもりだったが、実際に体験してみると、やはりショックだ。
 作品を書くにあたって、もっとわかりやすく、かつ深い文章を書きたい、と思うようになった。
 また、今回樹林に掲載してもらった作品の主人公が、採血をするシーンがあるのだが、私は看護師ではなく、もちろん採血は一度もしたことはない。すべては想像なのだが、何人かのひとに、
「看護師さんですか?」
 と、訊かれたのは、意外だった。
 文章でひとを騙すのって楽しい。
 濃密な時間を過ごすことができ、またものを書く勇気がわいてきた。
〈在籍一年 「文校ニュース」17・4・3〉

特別講座に参加して

夜間部本科 高橋達矢 (奈良県)

佐伯一麦さんへ感謝

佐伯一麦さんが選考委員をつとめる木山捷平短編小説賞をいただいた。今年三月、岡山県笠岡市で授賞式があり、その前夜、宿泊ホテル近くのスナックでいっしょにお酒を飲む機会に恵まれた。佐伯さんは御著作の主人公のように心優しく飄々として、弱輩者の話にも真摯に耳を傾け、懇切なアドバイスをくださった。私にとって人生の恩人のような人だ。
 特別講座のテーマは「『私』を描くということ」だった。佐伯一麦というペンネームの由来はゴッホの「麦畑」で、ありふれたものを仔細に描くことで珠玉の作品を生み出したゴッホに感銘を受け、その自画像にも惹きつけられたとおっしゃった。「自分で自分を意識することはある意味では不幸なことですが」と前置きされ、左右が逆転する鏡像の嘘などにふれ、絵の顔が、鏡の顔より「真」に近いと思われることがあると述べられた。画家の松本竣介が自画像を描いた時期に画家としての志を確固なものとしたように、佐伯さんも、自画像を描くことを通して作家としての地歩を固められた。描く対象が動いているこの世界において、観察者もまた生きて動いており、「私」が「私」を描くことの中にも虚構は避けられないという示唆に富んだお話もあった。
 佐伯さんには『ア・ルース・ボーイ』、『渡良瀬』、『ノルゲ』、『鉄塔家族』、『還れぬ家』などの私小説的な傑作がある一方で、私小説という枠組みにはおさまりきらない作品も多い。身体的欠損感覚がテーマの『光の闇』、風俗嬢との純愛を描いた『一輪』、落語の語りを生かした『ピロティ』、そして、渾身のルポルタージュ『石の肺―僕のアスベスト履歴書』。それらの作品群をたどって見えてくるのは、一人の誠実な作家の一貫した生の軌跡だ。自画像や分身を描くことを創作の土台とし、それを通して確かな手応えを得た作家は多い。多いというよりほとんどがそうだと言っていいかもしれない。佐伯さんのお話をうかがいながら「私」を描くことの深さと広さを再認識させられた。
 質疑応答で、何を書くかという問いに対して佐伯さんは、自分の得意は何かを突きつめてその人にしか書けないものを書くのがよいと答えられた。書いていて何かが足りないと感じた時は五感を働かせること、過去のことを描くなら、過去を合理化せず、過去に対して五感を働かせると糸口が見つかるかもしれないというアドバイスもあった。『渡良瀬』や『ア・ルース・ボーイ』など執筆開始から十年以上をかけて完成させた作品を例に、「ねばり勝ち」と呟かれ、推敲の大切さにふれられた。ふと佐伯さんが天井を指さし、こんな建物に入っても電気工をしていた時の職業的習慣で天井裏の配線などについて考えると言われた時、閃光のようなものが私の中を走り、じわりと感動がわいてきた。
 二次会の「すかんぽ」における佐伯さんはすばらしかった。金時鐘さんのおとなりで、あんなにも「すかんぽ」になじんでおられる作家さんは見たことがない。文校生の話にじっと耳を傾け、何のてらいも気どりもなく親しく話してくださった。二次会は六時間におよび、私たちと膝つき合わせてつき合ってくださった大作家に手を合わせたい思いだ。
 七月中旬、私が福島第一原発付近を旅することを伝えると、佐伯さんが仙台に立ち寄るなら会おうと言ってくださり、幸いにも佐伯さんご夫婦と仙台駅東口のお寿司屋で食事し、翌朝、鉄塔と野草園が目の前にあるご自宅に招いていただいた。草木染作家の奥さん(神田美穂さん)は、気さくで可憐なミューズのような人だった。仙台の朝の樹々はうつくしかった。丘の公園からは震災で大きな被害を受けた閖上(ゆりあげ)の浜も見えた。木もれ日と鳥の啼く声の中、佐伯さんご夫婦は時々たたずみ、まわりの風景を確かめながら、ゆっくりと歩まれた。
〈在籍二年 「文校ニュース」17・8・9〉

学生委員会の活動

17年度春期学生委員長 新谷 翔 (夜間部・研究科)

大阪文学学校には、学生が運営する「学生委員会」があります。
学生委員会は、在特部、イベント部、新聞部の3つで成り立っています。
○在特部…学生が書いて学生が審査した作品集「在校生作品特集号」を作成します。
○イベント部…文学散歩、夏期合宿、文学集会(文化祭)等のイベントを企画します。
○新聞部…学生新聞「コスモス」を作成します。

学校における「クラブ活動」のような場です。
各部の活動を通して、他クラスの学生と交流することができます。
この学校に長く在籍する経験豊富な先輩から、いろんな情報を得てください。

――学生委員会メンバーに聞いた「学生委員会に入って良かったこと」――
世代間交流ができた/一番よかったことは異業種交流でした/色んな人のエクセル活用法を学べた/普通のクラスよりもはるかに「伸ばしあう」経験ができた/彼女ができた/読書会や同人誌へのお誘いも委員会メンバーからだった/個人的に相談に乗ってもらった/顔、名前を覚えてもらえた/チューターや各年代の文校情報を得た/交流が深まり、執筆活動の刺激になった/飲み会が良かった/チューターよりも学生委員会の先輩から教わったことの方が多かった/仕事の役割分担や後継者の育成など、組織維持に必要な事を学べた /複雑な文校のシステムは、委員会の先輩方が詳しく教えてくれました/編集作業をして、どのように書けば読みやすいかを意識するようになった/現役の作家さんと知り合いになれた/自分の作品を読んでもらえる機会が増えた/社会人経験が無いに等しかったけど、イベント部キャップをして自信がついたし、就活にも役立った

隔週の月曜日の夜に、文学学校の教室で開催します。
月曜日の夜に都合が付く人は、ぜひご参加ください。

うちのクラスは
こんなんやで

昼間部本科/小説(森口透クラス)

森口クラスは、二十代から六十代まで男女合わせて十六人のクラスです。土曜昼十二時からのクラスのため仕事に就いてる人が多いのも特徴の一つです。台湾から留学してきている人、世界各地を旅行している人、ハンディキャップのある人をはじめ個性ゆたかなメンバーがみられます。合評会の終わった後は、喫茶店で議論の続きや様々なおしゃべりをするのが常です。
 森口チューターは五十七歳から文学学校に入学し、小説を書き始められ、温厚な人柄です。お人柄がクラスの合評会にも反映していると思えます。
 その気風を一言で述べれば「護送船団方式」というか、批評や指摘は率直にするが、脱落者を出さず、長い目で見てお互い高めあって一定の水準まで持っていこうというものです。初めて小説というものを書こうとしているあなたも温かく迎えられます。もっとも初めての作品を出した時など厳しい指摘を受けたように感じる場合もありますが。チューターの小説の書き方についての講義もあります。
 メンバーの提出した作品のジャンルは、私小説、エンターテイメント、童話、エッセイ、SFなど様々です。そういえばミステリーと歴史小説は今年度まだないようですが、ジャンルに垣根はありません。
 よろしければ、一度見学に来てください。
(植雅弘)

うちのクラスは
こんなんやで

夜間部本科/小説(小原政幸クラス)

毎週のクラスセッションは、その前の週に提出された小説作品に対して、クラスメイトと小原チューターが意見や評価を徹底的に述べるという形式になります。自分の作品にしろ、クラスメイトの作品に対して行う評価にしろ、小原クラスで行われることは、私には心を賭けた丁半博打のように感じられます。
 ただ、博打といっても、負けることはありません。賭けたら賭けた分だけ、儲かります。その都度その都度ふんどし一丁になって、身ぐるみ全部、つまり心の裏も表も包み隠さず、賭けの対象にしても構わないのです。なぜ博打なのか、なぜ勝負なのかと言いますと、どんな心でその小説を書いたのか、どれくらいの覚悟をもって取り組んだのかなどということが、まるで心の中を透視されているんじゃないかというくらいクラス中に筒抜けになってしまうからです。お茶を濁しても、バレてしまうのです。
 それほどクラスの仲間は、丹念に読み、真剣に論評してくれます。だから、論評される側もする側も、常に崖っぷちの勝負、丁半博打のような雰囲気になるのです。もちろん勝負するか逃げるかは、個人の自由ですが。私は、そんなところに自分のすべてをさらけ出すなどというバカなことはせず、体裁のいいことだけを賭け金として張りますから、今のところ私の小説はそれなりのモノのようです。かたや、全人格を賭けてクラスの課題に取り組んでいるような学生もいて、そんな人たちの小説はそれは面白いのです。
 小原チューターからは、提出作品をより良いものにするためにいくつも細かい指摘がなされますので、趣味で書く人にとっても、プロの小説家を目指す人にとっても、非常に役立つことでしょう。
(南成彦)