在校生の声

25秋 入学生の想い

昼間部本科  山中 萌華〈もか〉  (三重県/24歳)

がんばれ誰かさん

この学校について知ったのは、卒業生のSNSからだった。つい最近新人賞を受賞し、活躍されている方。一度落ちた賞に再挑戦しようと、受賞作を読んでいる時に見つけた方。一秒でも早く小説家になりたい身としては、その情報はかなり興味深いものだった。
 アタイは取り敢えず全国の文学学校的なものについて調べ、それらとこの学校とで比較した。その結果、やはりこの学校が良いと思ったものの、色々不明点があり電話を掛けた。用件を一回にまとめられず、二度掛けた。それぞれ違う人が出た。どっちも親しみやすい口調で、優しかった。幼稚かもしれないが、アタイにとってその場に居る人の空気感はかなり重要だ。大阪文学学校へ入学することに決めた。
 アタイは大阪住みではない。学校の人達に通学所要時間を伝えると「遠いですね」と言われるので、多分それなりに遠方住みなんだろう。教室へ通えない時もある。そんな時は、Zoomで参加する。授業終わりのお茶には参加できないが、それ以外基本大した支障は無い。用事でやむを得ない時、電車でミスった時に活用している。現状、電車でミスった時の活用が主である。
 アタイは取り敢えず、皆勤を目指している。アタイが一年に一度も休まずいられたものは、今までに一つもない。アタイには、ミスが少なくない。しかし、文学学校の皆勤には勝算がある。何かうっかりがあっても、Zoom参加という画期的な選択肢があるからだ。週に一回、文学について真面目に考える時間を必ず得られる環境を大切にしたい。これが、文学学校内での目標である。
 アタイはあまり、日記を書けない。自分自身が感じたことや自分の身に起こったことを等身大で書くのがキツいからだ。自分について自分で書くのが難しい。いや、書くのは難しくない。そのデータをずっと持っておくのが難しい。後で見返した時、捨ててしまうから。後って言っても数年後とかじゃなく、五日後とかの話です。
 だから、この抱負を書くのもそこそこ難儀した。アタイは任命されるのが好きだから、小原さんに依頼された時「嬉しいです」と言って引き受けた。嘘じゃない。心底嬉しかった。呼び出された時、電車のミスり過ぎを咎められるんだと思っていたから余計に嬉しかった。だからばっくれずに書いている。色々葛藤しつつ、ゴニョゴニョ楽しんで書いている。
 そんなアタイだが、自分の小説は何度でも読み返せる。生きる人としては成長していても、書く人として成長していないからでは? と思わなくもないが、今のところ、小説の推敲は全然苦じゃない。
 自分のことを書くことに難のあるアタイだが、小説は書けてラッキーだ。なるべく頑張って小説家になろうと思う。一旦、人生の最適解なんじゃないかと思っている。
〈在籍半年 「文校ニュース」25・12・6」〉

25秋 入学生の想い

夜間部本科  前田 俊也  (兵庫県)

いつの日か、自分も一冊の本に

愚生は現在、前期高齢者ゾロ目の66歳。奉職先を定年退職後、年金と細々としたバイト収入で、老妻と二人、糊口を凌いでいる毎日である。身体はあちこちガタがきてメタボ体型、膝が悪いので、志村けんのひとみ婆さんのようなヨタヨタ歩きだが、気持ちは基本元気だし、少なからず山っ気もある。家で独り晩酌以外、時にはネオン街を徘徊したい、ホロホロと旅の風にも吹かれたい。まだまだ今後の日々に、何かしらん人生の艶というか享楽はほしい。その為には決定的に金子が足りぬ。もとより、貯蓄が無いキリギリスは、お金を引っ張り出す算段を講じねばならない。泥棒は出来ないし、ギャンブラーの才覚もない。
 そこで目を付けたのが、賞金、ほら、企業や自治体、雑誌社ほかメディア機関が「生涯忘れられない食べ物」とか「我が家の感動的なエピソード」などを題材としたエッセイ、小説等の作品を懸賞金付きで公募していますよね。その賞金を小遣いの財源に充てられないか……と才覚が薄いのを棚に上げて考えた訳デス。投稿作が審査員の覚えよろしく入選を果たすには、相応の文才が必須で……つまり、かかる文章力、スキルを大阪文学学校で身に付けたいと云うのが、入校に際しての我が抱負(冗長な悪文で恐縮、やっとここまで来ました)なのであります。
 自分の書いたもので、五千円でも一万円でも獲得したい。それはまるで競馬好きのオッサンが目を血走らせ、馬券を握りしめてアツイ思いで意気込むのに似て、愚生の志は極めて俗的、「文学」の二文字が醸し出す深遠なもの、高邁なものと掛け離れているかも知れないが、ただ動機は決して金銭欲だけに非ず……実はワタクシ、酒や映画と同様、文学が大好きで、空気のように欠かせない存在。
 頑是ない幼少の時分から文学的なものには、何故か惹かれていた。今夏亡くなった母が、毎晩就寝前に文字だけの本も含めて、読み聞かせをしてくれたのが影響したのだろう。物語の登場人物に忽ち同化し、空想の世界に夢を羽ばたかせた。小学生から高校生まで成績は振るわず、難解なもの、教養主義的なものには頭が追いつかなかったが、活字によく親しみ、文学には常に憧れの気持ちがあった。
 ただ、ここで行き詰まったのは、その肝心な言葉(文章)力……てんで凡庸、舌足らずで未熟なものしか待ち合わせぬ愚生が、何をどう綴ったら良いのか五里霧中であることであった。今まで、発作的に詩やエッセイらしきものは書き散らしているが、文学としての体をなしていない。自分の欠点は奈辺にあるのか? 留意すべき点は? そこで、以前から気に留めていた大阪文学学校で、これらをキチンと学ぼうと一大決心して門を叩いた次第である。
 同校の徒として末席を汚し、はや二カ月。チューターから的確なご指導を頂き、また魅力的な先達から刺激を受けつつ、まだ二桁にも満たない組会活動。呻吟しながら文字を書き連ね、不出来な原稿作成に勤しむ一方、初体験の合評という営みの新鮮さ、奥深さ。今は、何よりも先ず「読む力」と「書く力」の筋力アップと併せて、一日に最低五分〜十分、意味不明な単語の羅列でも構わないから、兎に角言葉を書きつける習慣の確立が肝要だと痛感するに至った。
 先に文学投稿を通してご利益を得たいと記した。文校で言の葉を紡ぐ人として習得した様々な糧が、やがて、数少ない読み手であっても、関心を引きつける作品として立ち上がり、結果、遠くない日の旅空で乾杯酒の元手に繋がれば、どんなに嬉しかろう。そして、いつの日か……コレはだいぶ遠い先になるかもだが、自分も一冊の本になる……究極の夢をぜひ実現したいと念願している。
〈在籍半年 「文校ニュース」25・12・6」〉

25秋 入学生の想い

通教部本科  井上 嶺〈れい〉  (東京都)

自分の納得できる一文を!

忘れもしない2004年1月、センター試験の前々日に、19歳と20歳の女性がふたり、芥川賞をダブル受賞したというニュースが入ってきた。それはちょうど19歳の誕生日を迎える少し前の出来事で、私は一浪の受験生だった。ニュースを目にした瞬間、目の前が真っ暗になったことを覚えている。私はなぜあちら側にいないのか。理由は明確に分かっていたけれど、現実を直視するのが怖かった。しばらく彼女たちの本を手に取ることすらできなくて、大学に入ってからようやく、『蛇にピアス』を読んだ。夢中になって、あっという間に読み終わっていた。他人と比べる不毛は分かってはいても、あまりにも差が歴然としている。とにかく私には人生経験が足りない、ゆっくり行こう、と思った。
 20代は、生きていくための仕事と、恋愛とで瞬く間に過ぎ去った。
 30代は、さらにそれらが複雑に絡み合い、日々を過ごすことで精一杯だった。
 そして、40歳を迎えた。
 主語を大きくするのは良くないかもしれないが、あえて恐れずに言うと、女性にとっての40歳というのは大きな節目の数字だと思う。生理現象の変化が、すぐには起こらないけれど、これから身体がどんどん変わっていくという一つの大きな目安。40歳になってからこっち、残りの生命をよく意識するようになった。私は一体この先、まだ人生をかけて何か戦えることがあるのだろうか。
 20代と30代で、自分は何者でもないという現実を散々直視させられた。行き場を失った自意識だけが、無為に積み重なり、肥大して、弾け飛ぶ。もう開き直るしかない。これだけ書くこと、創作することが心の隅にずっと引っかかっているのならば、じゃあ、もう、あとはひたすら書くしかないんじゃないのか。
 こんな、一言でまとめれば「色々悩んでいたけれど、私、書きます!」で済むような私的な葛藤を、文章にすれば、ここでは誰かに読んでもらえる。とても幸せなことだと思う。こんな愚にもつかない話でも、それでも読むから書けと言ってもらえる機会なんて、そうそうない。そしてどうせ書くなら、少しでも良い感じの愚にもつかない話にしようと思える。
 先日送られてきた『樹林』11月号(在校生作品特集号)を読むと、面白い文章がそこかしこにあった。ええっ、こんなにレベルが高いのか、と思った。こんなコミュニティに所属しようだなんて、私、大丈夫なのか。この学校には入学のための試験がない。ただひたすらに文章を書きたいという純粋な欲と、少しのまとまった現金さえ持っていれば入れる場所だ。でも、だからこそ、きっと色んな人がいる。「文校ニュース」9月27日号に掲載されていた、同じ入学生の38歳の女性の書きたいテーマ「優しさや希望を書いていきたいです」という一言が、ここ一ヶ月くらい、私の心に深く突き刺さっている。こういう経験をたくさん積んだうえで、果たして自分の納得できる一文が、作品が、できるのかできないのかは分からない。でもこの文章にこそ私は出会いたかった、というものが書ける日を目指して、これから歩んでいこうと思う。
〈在籍半年 「文校ニュース」25・12・6」〉

25秋 入学生の想い

通教部本科  石津 泰子〈たいこ〉  (新潟県)

郵便受けが生き返る

『大阪文学学校』が秋期生を募集しているとの記事を、新潟日報紙上で見たのが、九月二十八日の深夜。通信教育の四文字に手招きされたような気がした。眠い目をシパシパしつつ、スマホで検索すると、申込フォームが出た。どうにか入力して、送信ボタンを押した。翌朝、電話で問い合わせると、届いてませんね、とのこと。電話口で頼んだ。
「すみませんが手書きの願書と振込票を送って下さい。スマホ苦手なんです」
 三十日は朝からソワソワ。もう朝食の途中から気もそぞろで、郵便受けへ行ったり来たり。気を取り直して洗濯機を回し、風呂のそうじを終えてから、郵便受けを見に行くと、レターパックが入っていた。やった。
「ありがとうございます」と思わず、口をついて出た。
 郵便局へダッシュして、送金。取って返すと、申込用紙に記入して、自宅の古いファックス機に差し込み、送信ボタンを押す。〝完了〟の表示を見るや、また文校へ電話した。「はい、届いてますよ」のお返事。お礼を言って受話器を置いた。ガッツポーズをした。これだけで、すごい達成感を得た。申込用紙に自分の名前と住所を書いただけなのに。
 十月になると、文校から次々、郵便物が来た。クラス分け、担当は西田チューター。原稿用紙の使い方、講義録集、「文校ニュース」、『樹林』、ワクワクした。通販カタログと税金の令書しか入らなかった郵便受けが、まるで生き返ったみたいだ。
 でも、一回目の提出日が十月十一日と知って愕然とした。ムリ。書き始めてみたけど、やっぱりムリだった。文校、ムリかも、とやさぐれてたら、ハガキが舞いこんだ。
「十月二十五日まで受け付けます。あきらめてはいけません。誰しも〝締切〟との闘いのなかで書いています。尻切れとんぼでも結構ですから云々」と書いてあった。
 こんなに応援してくれるなんて、と感激した。がんばらなくては、と思った。結局、尻切れとんぼを提出した。前半だけ。五枚。
 そんな半端な手書き原稿に、ていねいな講評が、西田チューターから返ってきた。優しい色の赤ペンでサイドラインを引いて、ほめて下さった。うわぁ……と思った。
 誓います。次からは完成品を、締切に遅れることなく、提出します。これが当面の抱負というか、目標だ。
 それと、まずはパソコンを買う。スマホも苦手だが、パソコンは、もっとへたくそなので、ウィンドウズ・テンのサポート終了と共にやめたつもりだった。でも、文校に入学したからには、イレブンを買って、手書きを卒業しよう。パソコン原稿を送って、スクーリングにはZoomで参加できるように。
 がんばる。あきらめない。
 あきらめない人たちに仲間入りしたのだ。
 旧式のファックスが作動したように、私も息を吹き返した。新しい人生が始まったような気がしている。
〈在籍半年 「文校ニュース」25・12・6」〉

25秋 入学生の想い

昼間部本科  大坪 よし子  (大阪府/76歳)

五十三年ぶりの文学学校で

むかし、若気の至りで文学学校に入学したことがある。あの頃の私は孤独と戦いながら、生きづらい毎日を送っていた。本好きの私には、文学学校は、さながら安全地帯のようだった。その場所に逃避できたおかげで生きのび、今の命があるような気もする。
 小野十三郎先生のビンビンと響く言葉に光を見いだし、その度に生きる力がわいてきたことを覚えている。なのに、あの時の話を引っ張り出そうとしても、記憶の果てからは戻ってこない。残念なことだが時を経て、脳細胞が壊れてきたのだから諦めるしかない。しかし、心の奥底で光っていることは確かだ。
 その頃森ノ宮駅は、私にとって仕事から文学にモードチェンジされる聖地のようだった。(当時、文学学校は森ノ宮の旧勤労福祉会館の中にあったように記憶している)
 そう、あれから五十三年の歳月が経ち、気がつけば、まごうことなき後期高齢者になっていた。
 半世紀あまり世俗にまみれ、干からびてしまった心に潤いを求めていたら、元の場所にたどり着いていた。でもこのたびの再入学は、安全地帯ではなく、新たな自分との出会いの場所になっている。
 今更いい年をして「何を血迷ったのか」と笑われそうだが、そんなことは気にしない。

 後期高齢者の初心者である私たち団塊世代は、子供の頃から常に競争を強いられてきた。そのせいか、同窓会に行っても、なかなか自分が「年寄り」であることを認めようとしない。往生際の悪い老人達である。最近そのせいか『老い方について』この類いの本が、団塊世代に売れていると聞く。
 本は参考になるのだろうけれど、いつまでも若いと思っている彼らに、いかに自分らしく生きるかは、老後にかかっていることを伝えたい。もともと人生は儚いものだということも。人は生まれる前から進化し続け、自然と老いていくのに、いまさら老い方の勉強をするなんて。何か人の役に立てることがあれば、やればいい。ありがたいことに、少々失敗しても、老いに免じて許されることもある。
 自分自身の生きる力を信じ、緩やかに流れる時間に身を委ねるのも悪くない。
 私はこのたびの再入学で、自分と対峙し、書くうちに「老いは孤独を包みこむこと」に気がついた。「戦い」から「包み込む」人生、楽ちん楽ちん。
 九月末に、文学学校には年齢制限がないと知り、「ラッキー」と思わず手をたたいた。

 看護師になって四十年あまり、後半の二十年は夫と開業した診療所で、在宅緩和ケアを看板に上げ、訪問診療をしている。その間の奇跡のような一期一会が、得がたい宝物になっている。
 看取らせていただいた方々には、行き届かなかった許しを請い、生きた証と魂の遺産をいただいたことに感謝している。
 そんな折々の思いを、何年も看護雑誌に連載してきた。ところが今、雑誌を読み返し、あまりにも稚拙な文章であることに愕然とした。
 再入学して、たかだか一ヶ月しか経っていないのに、もしかして合評で学んだお陰かもしれない。合評は、リズムや表現、そして文字の声を聴き、感じ取ること、時には香りまで五感に及ぶこともある。なるほどと頷いたり、感銘を受けたり、思いがけない言葉に出会うことも度々だ。感動する文章が机の上に載ると、絶句することもある。週に一回、とても心地良い時間を過ごしている。でもつまらんことを言い過ぎて「老害」と嫌われないように気をつけよう。
 言葉を探して、生きとし生きる者へ希望を託し、ソフトランディングできたら、この上もない幸せである。
 置き去りにしてきた過去をひもとくと、大切なものが続々と出てきた。そのひとつに文学学校があった。
〈在籍半年 「文校ニュース」25・12・6」〉

課題ハガキ
最近強く思うこと

夜間部本科  栗本 皓一  (大阪市/23歳)

人として成長したい

脳内を言葉にして、生み出した自己表現を他者に投げつけることが自己の成長に繋がる行為。それは課題ハガキのタイトル『最近強く思うこと』を目にして、浮かべた言葉だ。
 自分の意思で文章を書きたいと思ったことは何度もあるがキーボードを叩いて出来上がったものは納得に値しなかった。人前に出すことを恥じ、スマホやパソコンの中、頭の中で現在まで眠ったままのものがある。不出来だから露見が怖い。
 大阪文学学校に参加して、批評を行うこと行われることを経験した。
 周りの方のレベルの高さに驚いた。それでも文校に来るということは、皆さんも何か不出来を感じているのだと思う。
 自分は表現力、メンタル、知識など書くうえで足りないことだらけで、不出来を自覚している。苦手だらけで不便な人生だ。
 だから思う。
 文章を操り、言いたいことを他者に伝える能力がある自分になりたい。さらにいえば小説を書き続けて生きる人生を欲しているからだ。
 いまの自分には足りないことばかり。
 そんな未熟な自分なりの表現を他者に投げてみれば、ちゃんと返ってくるものがある。それは文校に限らず、実生活の中でも。読み解こうとしてくれる人もいる。批評なんかそういう人が参加していると感じている。
 自分はいま不出来な人間だ。
 未来の自分に、自分を不出来だと思わせたくない。自己の脳内を言葉にして、読んでもらうことのよさを忘れたくない。人として成長したいから。
〈在籍半年 「文校ニュース」25・12・25」〉

スクーリング体験記

通教部本科  萩原 修  (静岡県)

二日間で八時間の合評会

三回目のプレ&スクーリング。
 私の担当塚田チューターは、一つ年上、もの静かなアニキで好きです。塚田チューターの『犬を焼く』を読み、私が好きなテイストの作風でますます好きになっていました。塚田チューターや知り合いに会うのを楽しみに大阪にやって来ました。
 二日間で、八時間の合評会が終わりました。濃密な時間でしたが、時に、的外れなことを言ったかもしれない。
 プレは、担当以外のチューターで、専科、研究科の先輩方の参加もあり、いろいろな人の意見を聞けるよい機会でした。ファンタジーもあり小説はさまざま、それとエッセイ。
 13日午後は、佐伯チューターでした。私は、長く書こうと思うものの52枚のパートを合評して貰い、いろいろな見方があり書き進める上で、独りよがりにならず、とても参考になりました。そこが合評会の良いところですね。
 14日午前は、津木林チューター。塚田チューターと、同人誌『せる』をしているので、親近感を持って出ました。センテンスごとの細かい指摘は、基本的な書き方やテクニックをレクチャーしてくださり再確認できたり、新たに学べたりと有意義でした。
 14日午後のスクーリングは、本科3クラス合同でした。若い人たちが、描写が表現がと、話しているのをとても頼もしく思いました。(中西智佐乃さん、市街地ギャオさん、夏木志帆さん、平石さなぎさんと最近の文挍出身の若い人たちの活躍がめざましく、作品を読み、文挍で学んでいる自分も誇らしく思っていたところでした。ギャオさんの文に付いていける自分の感性もまだまだいけると思ってます)
 交流会では、同郷の専科の先輩とそのお仲間の先輩達ともお話しでき知り合いが増えました。
 今回、朝井まかてさんに会えて嬉しかったです。私は、歴史小説に苦手感があります。人物や時代に興味がないと長いのでなかなか読むことができないからです。『恋歌』は、まかてさん推しの知り合いに勧められ読み、自ら読みたいものを選び、『ちゃんちゃら』を読みました。これまで知っている歴史小説と違う愛らしさ、やさしさ、柔らかさを知りました。今回、まかてさんのお話があり、『グロリアソサエテ』は楽しく読み進められます。
 佐伯チューターに自作の『大空洞(うろ)』、津木林チューターに『せる』vol.130号をいただきました。いつもお世話になっている事務局の真銅さんが賞をとった作品が載っている同人誌『babel』も買いました。
『せる』に載っている津木林チューターの『レクイエム―ある新人作家の死』は、文挍出身の作家光本正記さんの死についての作品で、若き木下昌輝さん達の群像や友を亡くした切なさが綴られ、帰りの新幹線で読み、これまでに友を亡くしたことと重ねて、私は悲しい気持ちになっていました。
 今回も、いろいろな作品に出会い、読む喜びを感じ、光本正記さんの『紅葉街駅前自殺センター』、読みたいと思っていたまかてさんの『朝星夜星』等々、何でも読んでやろう、年末年始は読書三昧だと思いました。皆様、よいお年を。
〈在籍一年 「文校ニュース」25・12・25」〉

特別講座に参加して

昼間部本科  久野 庭子  (大阪府)

プロの作家になれたら……

「この中に、プロの作家を目指している人はいますか?」
 二十五年二月十五日の特別講座はそんな風に始まった。文校の教室に詰めかけた五十名ほどの内、私を含め十名近くの手がぱらぱらと上がる。藤岡さんはそれを見て、こくっと頷くと、では、私もそういうつもりでお話します、と言った。
『リラの花咲くけものみち』がドラマ化された、作家・藤岡陽子さんと、芥川賞作家・玄月さん、そして大阪文学協会代表理事・葉山さんの鼎談だった。藤岡さんはマイクが回ってくる度、出来るだけ多くを伝えようと熱を込めてお話して下さった。書く前に必ずプロットを立てるという藤岡さん。対して、純文学ではプロットを立てない作家も多い、と玄月さん。玄月さんは行き詰まると登場人物Aを投入し、また詰まると人物Bを投入し……という具合に書き進めていくという。対照的な二人の作家の話を聞くことが出来、実りの多い講座だった。
 終了後は中華料理・興隆園で懇親会が催された。ここでも藤岡さんは文校生の質問に答えてくれ、講座に負けず劣らず内容の濃い会となった。
 この日、藤岡さんはご自身の創作の秘訣を幾つも伝授してくれた。受講出来なかった方のためにも、折角なので紙幅の許す限り紹介したいと思う。
 ①五十枚の短いお話×十編と考えると、長編小説が書ける。一章に必ず一つ山場を作る。
 ②登場人物全員のプロフィール帳を作る。そうするとキャラの言動がぶれない。
 ③読んだ人にどんな気持ちになって貰いたいかを考える。
 ④空想で書けないタイプなので取材を大切にしている。目に入ったものをメモしておき、情景描写に入れると本物らしさが出る。アマチュアの内は知人の伝手を頼って取材していた。
 ⑤編集者にアドバイスを貰えるので、プロになってからの方が楽に書けるようになった。人に貰うアドバイスは重要。文校で信頼できる読み手を探す。
 ⑥本はたくさん読む。売れてる本は必ず読む。小説を書く休憩に読書。
 ⑦推敲をせず、どんどん書き進めて完結まで行く。その後最初に戻って推敲を始める。
 ⑧描写のための語彙を蒐集したノートを作っている。気になった言葉、表現をメモしておき、清書。「雪」「夜」など索引をつけ、困った時にはこのノートを見返す。
 ⑨好きな小説の構造を分析する。例えば現代パートに過去パートが挿入されるタイミング、分量のバランスなど。この時、自分が書きたい作品と同程度の枚数の作品を選ぶこと。
 ⑩書けない時は、とにかく手を動かす! 二作目が書けない、という新人作家に話を聞くと、ざっくりしたプロットしか決まっていなかったりする。藤岡さんは『リラの花咲く〜』を書く前にA4十八枚分の緻密なプロットを作った。
 藤岡さんは懇親会でも熱意を持って質問に答えてくれた。一つ尋ねたら十返してくれる。「物語を書くことで誰かの背中を押したい」と仰っていたが、その言葉通りのお人柄だった。編集者から教わった方法や、ご自分で積み上げてきた努力、それらを惜しげもなく伝えることで、小説を書きたい、作家になりたい文校生の背中を押して下さったのだ。
 今まさに売れている作家の話をすぐ隣で聴くことが出来たのは、痺れるほど刺激的だった。懇親会の後、私は文校のクラスメイト・Uさんとお話しながら帰った。「もし作家デビューしたら、この前合評したUさんの短編も、いつか本になるかもしれませんね」と私は言った。デビュー前に書いた作品は無駄にはならない。プロになれば、手直しして出版されることもあると藤岡さんが言っていた。私は小説を書き始めたばかりだというUさんの作品が大好きなのだ。今日の懇親会に参加して、藤岡さんのお話を聞いた私たちが、いつか二人ともプロの作家になれたら……それって凄いな、と思いながら帰り道を歩いた。
 きっと、今夜は忘れられない夜になると私は思った。いや、忘れられない夜にするのだ。
〈在籍一年半 「文校ニュース」25・3・1〉

学生委員会の活動

25年度秋期学生委員長 矢神 紅葉(昼間部専科)

大阪文学学校(文校)に入学してからたった一年で学生委員長の席が回ってくるとは。まさに青天の霹靂、事実は小説より奇なり。私の学生委員長としての仕事は、文校にとっての福音か黒歴史か、それは後の歴史が証明するのみでしょう。
 学生委員会は、生徒会です。後ほど説明する三つの部門で、様々な計画・作業をボランティアで行っている団体です。ちなみに私は学生時代、生徒会等に属したことは一度もありません。では何故、今、学生委員長をしているのか。偶然や人間関係のしがらみなどの要素もありつつ、結局、創作が好きなのです。
 私は、思想・主義主張・今までの体験など何かしら自己を投影したものを世に出したい、そういう思いで文校の扉を叩きました。皆さんもそういう気持ちがあるのではないでしょうか。
 委員会は、文校の一翼を担う創作活動の場です。また、委員会に入ることで、他のクラスのメンバーと交流したり、普段は読めない作品を数多く読むことができたりしました。これは後の創作にも大きくプラスになることだと思っております。

 さて、学生委員会は、主に三つの部門で成り立っています。
●在特部…………在校生作品特集号編集部。文校が発行している文芸誌『樹林』のうち、年に二回は(5月と11月)在校生作品特集号となっています。この号は、在校生が作品を応募し、在校生の選考委員が掲載作品を選び、在特部が編集・発行しています。特に掲載作品の校正作業は大変ですが、誤字脱字のチェックにとどまらず、作品の内容と歴史的事実との整合性の確認など、自分が作品を書くときにも気を付けるべきことを再確認できる、非常にやりがいのある仕事です。
●イベント部…………三つの大きな課外イベントの計画・進行をします。①文学散歩(春・秋開催の日帰り遠足。新入生の歓迎と交流を目的としたもので、昨秋は宝塚)、②夏期合宿(一泊二日の修学旅行。昨年は、滋賀県近江八幡・彦根)③文学集会(文化祭。「詩のボクシング」や模擬店など、クラスの枠を超えて盛り上がる)
●新聞部…………新聞「コスモス」を発行します。イベントの詳細な結果や、文学学校の紹介など、「文校ニュース」とは違う学生の視点からの情報を、学生にお届けします。

 以上のような業務を手伝っていただける学生委員を募集しております。在特号・三大イベント・コスモスは、学生委員会が運営しているため、学生委員なしでは、続けていくことができません。実際に忙しくて大変なこともありますが、『樹林』発行やイベント直前以外の時期は、ゆったりとしております。
 委員会の会合は、月に二回程度、月曜夜七時から文校にて行われています。ZOOMでの参加も歓迎です。
 少しでも興味を持たれた方は、学生委員会までお問い合わせください。

うちのクラスは
こんなんやで

金澤 貴司

昼間部本科/小説(大西智子クラス)

私はクラスメイトのことをよく知らない。誰が何歳で、職業や趣味など、ほとんど知らない。聞いてもすぐに忘れてしまう。
 大阪に住んでいる人が多いようだが、岡山や三重から通っている人もいる。いつもZOOMで参加する人もいて、「鬼滅の刃」に出てくる無限城のような自室から老練な声を聞かせてくれる人もいる。
 毎週行われる合評に提出される小説はもっと様々だ。女学校で連続殺人が起こる物語や道にキャベツが転がっている話、幽霊になった人が守護霊になりたいと願う話など、多種多様で飽きない。否、刺激的。故に書き手の情報をすぐに忘れる。そう、大事なのは誰が書いたかではない。何を書いたかだ。おなじクラスの人たちの魂のこもった作品を読むたびに触発される。中には仕事に忙殺され、参加もままならないなか2枚程度の冒頭だけをなんとか提出する人もいて、そんな姿に執念を感じる。
 そして合評で私は、自分を棚の上のはるか上に置いて、こうした方が良いだのなんだのと好き勝手に言う。言うのは簡単。書くのは困難。吐いた言葉にすぐに逆襲される。でも、そんな私をふくめ、すべての人に対して包み込むようなやわらかさで受け止めてくれる大西チューターの存在は大きい。決して否定せず、どんな作品からも見るべき点をすくい上げ、そっと改善案を示してくれる。
 ああ、こうしている間にまた誰かの作品がメールで送られてきた。原稿用紙200枚の長編だ。この人は自分の合評日の2週間も前にこんな大作を書き終えているのだ。私はまだひと文字も書いていないというのに。送り主は誰だ? メールを確認すると、クラス最年少のギャルだった。
 私は、クラスメイトのことをまだよく知らない。

うちのクラスは
こんなんやで

野田 麻由

夜間部本科/小説(西井隆司クラス)

文章を書くのは好きですか? あなたの書いた文章を、他人に評価されるのは怖いでしょうか? いえいえ、怖いなんてことはありません。他ではない刺激的な体験がしたい? そうですか。それでしたらうちの西井クラスはどうでしょう。個性豊かで、人情深い、ライバルとなってくれる方々ばかり集まっていますよ。
 教師をされていた方で、毎回「ここの賞に出しては?」と提案してくださる方。薬剤師の資格をお持ちで、引くほどマトリ(麻薬取締官)に詳しい方。誰も思いつかないようなストーリー展開の恋愛小説を書かれる方。創作に対して熱い情熱をお持ちで、毎回原稿用紙百枚越えの大作を書いてくる方。
 こんなメンバーの集まる合評会を想像してみてください。様々な意見が縦横無尽に飛び交って、毎回失神寸前です(冗談です)。しかし本当のことを言うと、自分では見られない視点からの感想をいただいたとき、心が震えてくるのを感じました。心が震えるって、いいものですよ。抽象的な話になってしまいますが、魂に触れる創作論議ってなかなかないのでは?
 ZOOMで参加される方もいらっしゃいます。しかしやはり、教室の熱気を体験してしまうと、ZOOMでは物足りなくなってしまいますね。
 私? 私はそうですね。ただの生活描写好きで、どこにでもいるアマチュア物書きです。ただ、他から見たら変わっているのかもしれません。あなたもそうでは?
 勇気を出して、あなたが参加してくださるのを、お待ちしております。