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谷川俊太郎さん、安らかにお眠りください。生前4回も、大阪文学学校で詩朗読や講演をしていただき感謝の気持ちでいっぱいです。


【毎年、春と秋の『入学案内書』載せていた谷川さんからのメッセージ】


➀【1998年7月10日/右・谷川俊太郎さん 左・谷川賢作さん】


➁【1998年7月10日/右(前方)からゴザ席・イス席・立見席あわせて165名の聴衆】


➂【2007年10月11日/<窓側>右より谷川俊太郎さん 田原さん 山田兼士さん】

11月13日、老衰のため92歳で永眠された谷川俊太郎さんには、生前4回も大阪文学学校の“特別講座”にお越しいただいています。

●一番最初【写真①/②】は、1998年7月10日(金)にさかのぼります。詩朗読、音楽を交えた谷川親子(俊太郎さん・賢作さん)よる対談でした。題して≪見る詩・聴く詩、うたえる詩≫。満場の165名(うち当時の文校生が96名)が詰めかけました。全員座れるように教室前方にゴザを敷きつめましたが、イス席の後方では10数名立ち見が出ました。夜6時30分から2時間ほどで講座を終えたあと、金時鐘さんの関係している韓国居酒屋“すかんぽ”へ40名ほどが繰り出しました。谷川さんにも11時の閉店まで付き合っていただきました。
翌朝、谷川さんは楽器を引き取りに、車高の高いジープのような車を運転して文校にやって来られました。その際、依頼してあった直筆メッセージを手渡されました。そのメッセージは98年秋期以降、『入学案内書』の最初のほうのページに長い間使わせていただきました【一番上の画像】。
●2回目は2000年10月17日(火)。木澤豊・葉山郁生さんが聞き手となって、谷川さんとの間で座談会。タイトルは≪詩の話≫。廊下などに20名ほど立ち見もでて、文校教室満場の182名。内訳は、文校生103名、OB・一般74名、チューター5名。会場から質問が相次ぐ。その模様は、『樹林』2001年2月号(vol.433)に収録されている。
●3回目は2002年10月21日(月)。田原<ティエン・ユエン>・山田兼士さんが聞き手になって、谷川さんとの間で座談会≪新詩集を語る≫。参加者は103名。その模様は、タイトルを≪新詩集『minimal』をめぐって≫と改めて、『樹林』2003年2月号(vol.457)に収録されている。
●4回目【写真③】は2007年10月11日(木)。田原<ティエン・ユエン>・山田兼士さんが聞き手になって、谷川さんの講演≪詩の朗読と翻訳をめぐって≫。参加者は160名。その模様は、『樹林』2008年2月号(vol.517)に収録されている。
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■谷川俊太郎さんは、大阪文学学校の初代校長だった小野十三郎さんの没後3年を期して1999年に設けられた《小野十三郎賞》の創設発起人20名の中のお一人でもありました。
■公開・特別講座の最多参加数は、18年間半つづいた金時鐘さんの「詩の連続講座」の最終回(2015年2月21日)の180名だと、僕は思っていたのですが、今回改めて調べてみて、2000年10月17日の谷川俊太郎さんのときの182名が一番多かったということが明らかになりました。ちなみに、1996年1月20日の河野多惠子さん講演会の参加163名という記録も残っています。
■以上、文校事務局が年6回以上発行している「文校ニュース」と文校の月刊文芸機関誌『樹林』各号をもとにして書きました。

(小原)