文校ブログ

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木下昌輝さん(文校出身作家)が、生國魂神社で『天下一の軽口男』(大阪ほんま本大賞受賞)のサイン会。

【上は、7/27朝日新聞(朝)の読書欄の広告。紙面の下半分ほどを占める】

世田谷区北烏山で執り行われた長谷川龍生・文校2代目校長の告別式で焼香してきました。

京王井の頭線に渋谷から乗り、久我山で降りて、15分かけて徒歩で向かった先は、常福寺というお寺。今朝10時から行なわれる、長谷川龍生・前大阪文学学校校長の告別式に参列するためでした。

お通夜も告別式も近親者のみで営まれるとのことでしたが、ご遺族のはからいで、告別式に参列させてもらいました。
龍生さんの遺影を囲んだ祭壇には、愛媛新聞社(その紙面で、龍生さんは最近まで32年以上にわたり「愛媛詩壇」の選者を務めていた)、思潮社などと並んで、大阪文学学校の盛花も供えられていました。

読経、焼香につづいて、二人の女性のフルート演奏のなか、大阪文学学校の弔電が真っ先に読み上げられました。
龍生さんのご長男・名谷文朝(なたにふみとも)さんによる喪主挨拶には、強く胸を打たれました。
「2カ月前から、肺炎で入院していました。心身ともに弱っている状態がつづきましたが、詩作への意欲は衰えていなかったようで、枕元のノートに文字を書きつけていました」と述べ、「みなさん、これからも父親のことを忘れないでほしいです」と締めくくられました。
たくさんの花に囲まれた龍生さんが納棺された柩の底に手をかけ、7、8人で霊柩車にはこぶ役割を果たしました。重さを感じました。
火葬場に向かう霊柩車を見送って、お寺を後にしました。
午後4時過ぎ、文校に戻ってきました。

(小原)

長谷川龍生さん(大阪文学学校2代目校長)のご冥福をお祈りします。

上は、今朝(21日)毎日新聞・社会面の訃報欄より。下は、朝日新聞。

鬼気迫る顔つきで、わたしたちを教え諭し鼓舞してくれた龍生・前校長にもう会えなくなりました。東京から毎年、入学式、通教部スクーリング、夏季合宿、小野賞選考会・贈呈式と、23年の間にどれだけ足を運んでくれたことでしょうか。
詩人の荒川洋治さんから、ラジオの全国放送で“大阪文学学校はお金がないから、校長の長谷川さんは深夜バスで大阪に行っている”と揶揄されたこともありました。
初代校長・小野十三郎さんの後を受けて2014年9月まで23年間、長谷川さんには2代目校長をつとめていただきました。65年つづいている文校の3代目校長は、今の細見和之さん。

昨夜7時から3時間かけて、東京のご遺族の意向を確認しつつ、葉山郁生チューター(大阪文学協会代表理事)と小原で、在阪の6つの新聞社へ順々に、長谷川さんの訃報の電話を入れ経歴などのFAXを流しました。

大阪文学学校としては、世田谷区のお寺で営まれる通夜と葬儀に供花を手向け、長めの弔電を打ちました。そして葬儀に、小原が参列する予定です。

(小原)

速報! 『樹林』在特号掲載作品決定・・・学生委員会より

  

きょうが「読書ノート」の締切でしたが、まだ受け付けます。●昼・文章講座(担当;日野チューター)に20名。

「読書ノート」締切の今日、郵便1名、持参6名の提出がありました。総計は26名に。
数日遅れても受け付けますので、読みかけ、書きかけの方は、ぜひ提出してください。
ちなみに最終的な提出者は、半年前(19年2月)35名、1年前(18年8月)37名でした。

●午後3時からの春期3回目・昼/文章講座(担当;日野範之チューター)の参加者は20名。作品提出は17名から。

(小原)