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第2回 7/11(水)夜・文章講座のご案内。

夜・文章講座
プルーストと小説の諸方法 Ⅳ ――現代の「私」とは何か。さまざまのトポスを考える
講師 葉山郁生(作家)

第2回 7月11日(水)午後6時30分~(講師の都合により当初予定から変更)

◎内容
・第三篇『ゲルマントのほう』第一部を読む
・課題=「十人のアルベルチーヌ」をテーマ(テキストP.122とP.347参照)として、ある少女(年)の中に中年女(男)や老女(男)の影を見る、逆に老女(男)の中に少女(年)のそれを見る――そういう時間の中で生きている人物像の多面性を描く

  *  *  *  *

 文章講座二回目の課題例文を掲げておきます。

 私はこの数日の旅行中、白い雪原の中を動き、月山の白い山容を幻のように追い求めていたが、憧れを追う自分の魂の黒い淵に気づいていた。つまり、三十代半ばまで生きてきても、人生の真実、人間の崇高性ははるかに遠い。追い求めても、追い求めても、それらに近づくどころか、白い月山の山容のように遠ざかる。生きていくことの醜悪さのようなもの、人間性の卑俗さばかりが足下に積みあがる。この三十年がそうだから、後、三十年生きても、人生も世界も究極の本質は多分、見透かせない、そういう暗鬱を、私はしたたかに知っていた。
 しかし、暗鬱だからこそ、闇と沈黙のリアリティに気づき、光輝くものではなかったが、あるがまま降り続ける雪と、あるがままの自分でいいと思えるような光景にも出くわした。小説で書いた、北上海岸での若い地元の郵便局員との偶然の出会いが、そうだった。フィクションとして膨らますため、節分の頃の設定にしてあるが、実際は三月初めのこの旅行中のことだった。冬の月山を日本海側と内陸側の両方で見ようとして、後者の方は見えない月山だったが、深々と雪降る、肘折温泉の川辺の宿の窓辺で、横に白く丸い背を伸べる月山のピークを夢に見た。月山の稜線に立てば、強い風のせいで雪は下から降ってくる。
 見えない月山から遠ざかり、再び私は新庄に戻り、そこから秋田県の方に北上した。鉄路だけが黒い、県境の雪の峡谷を二輌の列車が上がっていく。県境の手前、秋田県に入るか入らないかのところで、平坦な小盆地状の雪原に入った。「のぞき」という名の駅で、対向列車待ちになった。私はなお横手あたりまで北上するつもりだったが、反対車線に新庄行きの普通車が着き、数人の乗客が降りた。駅舎の前に地元の人が出ていき、小学校一、二年生ぐらいの女の子が、赤い傘をくるくる回している。その前に、彼女のおばあさんと思える人が出迎えていた。傘を回しながら、少女はスキー帽を被った老女の胸に跳びこんだ。
 ホームに出て、私はぱらぱら舞う雪片を見上げていた。ホームの屋根から揺れながら落ちてくる雪は温かかった。同じ質の雪片が、降り方は違うが、見えない月山頂上にも降り落ちているだろう。
 闇雲に北へ行こうとしていた私は、自分が一体、どこへ行きたいのか、と思った。あるがまま降っている雪、その雪の下で人々は出会い、別れ、また再会しているのだろう。
 孫の少女と、老女が駅前で追っかけあいをしている。秋田の少女は、目が細く、ぽってりとした丸顔で、頬っぺただけがやたら赤い。その田舎娘の顔と同じ形が、皺だらけの老女の顔に見えた。老女の中に娘の赤い顔があり、娘の丸顔に美しい大人の女が垣間見えた。
(プルーストの文例を拾う余裕がなく私の文章です。最終段落がその例で、皆さんは、この顔の描写をプルースト風に精しく書いて下さい)

  *  *  *  *

・教材作品はかならず読んでおいてください。
・課題作(原稿用紙2枚《ワープロの場合、A4用紙をヨコにしてタテ書き印字》)を、講座日の3日前までに、担当講師宅へ郵送のこと。提出作品はコピーして、皆で読みあいます。(一般の方などで講師宅の住所がわからない場合は、事務局まで問い合わせてください)