文校ブログ

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課題図書「読書ノート」を提出しよう! 締切は2月4日(土)ですが、数日遅れても受け付けます。

大阪文学学校のカリキュラムのひとつに、文校25名のチューターがそれぞれ推薦する課題図書について、読み手としての驚きや発見を自由につづっていただく「読書ノート」の提出があります。
2022年度秋期『学習の手引き』6~9頁に、課題図書25冊のリストに加え、〈どういうところを読みとってほしいか〉という各チューターの推薦理由が載っています。
「読書ノート」の締切は2/4日(土)ですが、数日遅れても受け付けます。
課題図書以外の「読書ノート」は受け付けませんので、ご留意ください。
提出者には、推薦チューターによる「ノート評」を3月末をメドにお届けします。

ちなみに提出者は、前回(22年8月)――52名、前々回(22年2月)――44名、(21年8月)――50名、(21年2月)――58名、(コロナで前倒し・20年5月)――60名、(20年2月)――27名、(19年8月)――30名、でした。
コロナの時代になってから、提出率がグーンと伸びています。

(小原)

1/29(日)高畠寛さんを偲ぶ会

【高畠寛さんを偲ぶ会】
日時:23年1月29日(日)午後2時~(開場1時30分)
場所:大阪文学学校  会費:1500円
大阪文学学校主催

高畠寛さんが2021年12月1日に、末期の胃がんのため入院先で八十四年の生涯を閉じられてから一年余りが経ちました。コロナ禍のために延びのびになっていた「高畠寛さんを偲ぶ会」を、高畠夫人と二人の娘さんにも列席いただいて、来る29日(日)大阪文学学校で催すことになりました。
高畠さんは1965年(昭和40年 二十八歳)で文校に入学。修了後しばらくして文校のチューターになり、『新文学』『文学学校』『樹林』と続く文校発行の文芸機関誌に数多くの小説や評論を発表されています。サラリーマン生活を送りながらずっとチューターを務める一方で、1992年10月(平成4年 五十五歳)には大阪文学協会の代表理事に就任し、2014年(七十七歳)までその任を全うされました。チューター歴、実に五十年。代表理事歴、最長の二十二年。
文校の外でも、文校修了生たちが集う同人誌『あるかいど』(1982年7月創刊で現在73号)、1996年に始まった関東ミニ文校の参加者で年一回つくる雑誌『空とぶ鯨』(現在22号)、1998年11月から月一回開催している文校チューターらによる「エコー読書会」など、どこでも中心的な存在でした。
文校の運営母体である大阪文学協会は、『樹林』22年12月号において65ページにわたる〝高畠寛追悼特集〟を組み、高畠さんとともに歩んだ文校の歴史を振り返りながら、高畠さんの人と文学を語っています。
「偲ぶ会」では、高畠さんへの哀悼の意と、残されたものの様々な思いを表していきたい、と思います。
高畠さんにゆかりの多くの皆さんのご参席をお待ちしております。なお、高畠さんを直接ご存じない大阪文学学校生や修了生も歓迎します。

《式次第》
〈司会〉葉山郁生(大阪文学協会代表理事)

【第一部】
・高畠寛さんの人と文学を語る〈順不同〉
・御遺族挨拶

【第二部】
・懇親会〝高畠寛さんを偲ぶ〟
〔酒類、簡単な料理を用意します〕

●自由な服装で、お気軽にご参加ください ●文校関係者でなくても、どなたでもご参加ください ●献花等、受け付けておりません。

電光石火で、春期6人目の新入生。大阪市の40歳女性。昨日、13時半に文校に現われ、夏当クラスを見学し、15時半に自宅からオンライン入学。

昨日のことです。
午前11時20分に、文校事務局のパソコンに、次のようなメールが届いていました。文校のことはインターネットで知ったとのことで、「できれば、今春に貴校に入学したいのですが、見学はできますか?」と。
返信するより早く、午後1時30分ごろ、当の女性が文校に現われました。
見るからに、明るい方でした。2時からの夏当クラスを45分ほど見学した後、事務局でしばらく話をしました。末っ子の5歳のこどもが待っているからと、そそくさと事務局を出ていかれました。
地下鉄谷町線一本で帰りつけるとは言っていましたが、早いはやい、3時30分には、先ほど見学したばかりの夏当クラス(昼間部/本科小説)への入学申込書がオンラインで送られてきました。
その入学申込書には、【小さい頃から、文学が大好きでした。子育てが少し落ち着いたので、また勉強してみたくなりました。自分にしか書けないような小説を、いつか書いてみたいです。】と書き込まれていました。
影響を受けた作家・詩人の欄は、【紫式部、小川洋子、小川糸、宮本輝、村上春樹、西加奈子、谷川俊太郎、尹東柱】と多彩でした。

(小原)

公開の昼・文章講座〔担当;日野範之チューター〕に、北九州市の通教部生、文校OB、一般2名をふくめて22名参加。作品提出22名中、20名出席。

正午(12時)から作品合評ゼミをおこなっていた大西クラスと津木林クラスに教室をゆずってもらい、午後3時から6時25分まで、日野範之チューターによる秋期2回目の昼・文章講座がありました。
日野チュターの短い講義のあと、作品を提出した出席者全員がマイクを使って自作朗読し、それぞれに対する日野チューターの講評がつづきました。
さらに、5時15分からは約半数の希望者がのこり、小泉八雲の「雪おんな」や「耳なし芳一のはなし」などを読み上げ、デスカッションしました。

◎次回の2/18(土)昼・文章講座の宿題作の書き出しは、「歩き始めた」ということに。
締切は2/13(月)で、日野チューター宅まで。

◆あさって月曜日(23日)午後6時30分からは、冨上芳秀チューターの担当する公開講座/夜・詩の講座です。作品は8名から届いていますが、作品を提出されていない方でも参加すれば勉強になります。

(小原)

岡山市在住の作曲家・鈴木陽子さん(文校修了生)が、自身の父・伊藤隆志の小学生時代<昭和初期>の作文を本にまとめました。明日の昼・文章講座(担当;日野チューター)で、希望者には差し上げるとのことです。


【鈴木陽子さんが刊行した本の表紙】
作曲家・鈴木陽子さんの筆名は“結城まり”で過去、大阪文学学校には3度在籍しています。2006年4月から1年間、2016年4月から1年間、2019年4月から2年間。
このたび鈴木さんからいただいたお便りには、父親の『綴方』を本にするために「昭和初期のできごとを調べていくにつれ、昔の人々の暮らしや思いが今に繋がっているのを感じました」と、ありました。


【父の『綴方』原本の表紙】


【本の中の「はじめに」から一部抜粋】

◆明日(21日)午後3時から文校教室で、秋期2回目の公開/昼・文章講座(担当;日野範之チューター)がおこなわれます。その講座に、鈴木陽子さんも岡山市から参加する予定です。希望者には、ここで紹介した本を差し上げるそうです。

(小原)