秋期51人目の新入生、かつ303人目の在校生は、岡山市の40代前半の女性。18日(土)の本科・大西クラスを見学したあと、2次会にも参加し、その日の夜に「入学申込書」をオンラインで届けてくれました★【入学随時受け付け中】
岡山市の女性からオンラインでとどいた「入学申込書」には、次のように記されていました。昼・小説本科・大西クラス(土曜)へ入ります。教室とZoomを併用。
○入学のきっかけ/書きたいテーマ・・・
【数年前から部屋の片付けをしています。その過程で、どうしても捨てられない、いや、捨てたくない資料を直視することになりました。この資料をどうにか活かせないだろうか? ふつふつと沸いてきたのは小説したい! という淡い期待でした。それでも小説なんて書いたことがない。試行錯誤して数年が経ちました。書くというのは孤独な作業でした。ここ最近感じていたのは、仲間に出会えたら、諦めずに続けられるかもしれないという希望です。公開講座へのZOOM参加を経て、体験入学を2度も経験させていただき、ついに今日(10/18)、文校で合評に伺いました。志を持つ方々との交流は情熱に満ちており、小原事務局長の「熱の冷めないうちに」というお言葉に背中を押されて、手続きをしております。
一番書きたいのは歴史小説ですが、現代小説にも寄り道をしてしまう今日この頃です。】
○影響を受けた作品・作家・詩人・・・
【『恋歌』『白光』朝井まかて 『鹿の王』「守り人シリーズ」上橋菜穂子 『小説 土佐堀川 女性実業家・広岡浅子の生涯』古川智映子】
○文校(募集)を知ったのは・・・
【Wikipediaで朝井まかてさんのご経歴を検索したところ、大阪文学学校にたどり着きました。】
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今秋、新入生51名を迎え、在校生総数は303名に達しました。(ほかに休学生81名)
まだ秋期入学を受け付けています。教室での組会(クラスゼミ)を見学できます。Zoomからも見学できます。
(小原)
【今朝(10/18)の朝日新聞・読書欄】・・横尾忠則さんに、著者・小泉凡/聞き手・木元健二『セツと八雲』(朝日新書)が取りあげられる★木元健二さんは今秋期、大阪文学学校の通教部チューターに就きました。

【著者・小泉凡/聞き手・木元健二『セツと八雲』(朝日新書/870円+税)のカバー】
◆木元健二(きもと・けんじ)さんは、10月から音谷健郎さん(81歳)に代わって、大阪文学学校通信教育部/エッセイ・ノンフィクションクラス[専科・研究科]を担当されます。
木元さんはすでに3度(6/22第1回・通教部スクーリング、9/14第2回スクーリング、10/5入学開講式)、横浜から文校へ駆けつけられています。
■木元さんは、9月21日<日>朝日新聞のコラム“日曜に想う”において、吉田修一の連載小説「国宝」に関連し、大きく取り上げられています。
9月24日・文校ブログをご覧ください。
★木元健二さん(一九七〇年生)のプロフィール
大阪府出身。94年朝日新聞社入社。高松支局を振り出しに、週刊朝日編集部などに勤務。文化くらし報道部時代、連載小説『国宝』(吉田修一)と『グッドバイ』(朝井まかて)の担当編集者。25年9月刊行の朝日新書『セツと八雲』(朝日新聞出版)でインタビュアー(聞き手)を務めた。単著に『わたしの鳥取』(今井出版、08年)、共著に『いいひと賞』(講談社、10年)。文校には、03年秋期から2年間在籍。
(小原)
【10月12日・日本経済新聞(日)文化面】中上紀さん<11/8文校・特別講座ゲスト>の寄稿エッセイ・・・父・中上健次(46歳の1992年没)によって1990年に設立され今もつづく《熊野大学》について
中上紀(なかがみ・のり)さんは、11月8日(土)午後4時、東京から文校教室にやって来てくれます。そして、葉山郁生・大阪文学協会代表理事を相手に、「私の創作のこと、中上健次のこと」というテーマで存分に語っていただきます。
25年10月15日・文校ブログ参照。
中上さんのエッセイが載った10/12日経新聞を事務局に届けてくれたのは、昼間部・津木林クラスに毎週土曜日、岡山市から高速バスで通って来る70歳代の川又さんです。感謝です。
添えられていたメモ書きには、「このエッセイで、熊野大学と大阪文学学校の立ち位置が何か同じ文脈(草の根の文化拠点)にあると感じました」とありました。
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★【まだコロナの真っ只中だった2022年7月の夏季合宿<学生委員会主催>は、“熊野三山・新宮への旅”でした。大型バスをチャーターして、2日がかりで紀伊半島南端をめぐる“旅”には41名の参加がありました。
22年7月19日・文校ブログ(小原・記)に詳細を載せてあります。
以下は、その文校ブログからの抜粋です。
1日目の最後に、新宮市立図書館内の中上健次コーナーで著作や資料をくいいるように見て回りました。その後、宿泊先についてからのことを書いてあります。】★
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民宿に着いてまもなく、新宮が生んだ作家・中上健次についての辻本雄一・佐藤春夫記念館館長による60分間の講演がはじまった。辻本さんは、自ら作成した中上の略年譜(B4紙・4枚)をもとに話される。中上が、文校で講演(タイトル「物語の定型」)をした日時が、1978(昭和53)年7月11日であることを教えていただいた。それは、「岬」で芥川賞を受賞した2年後、中上31歳のとき。
文校の通教部本科のテキスト(講義録集3)に、中上の講演録が載っているので、文校で講演してもらっていることは明らかだったのだが、おこなわれた日時が、テキストや「30年略年表」などどこにも見当たらないままだったのだ。
新宮高校(辻本さんは中上の1学年上)を卒業して東京へ向かった中上。作家になってからも、たびたび新宮に戻って来て、文化活動にいそしんでいる様が、辻本さんのお話の中で強く印象に残った。「部落青年文化会」を組織し連続公開講座(金時鐘さんも講師を務めている)を開いたり、高校の同級生を中心に「隈ノ会」を結成したり、今もつづく市民講座「熊野大学」を発足させたりしている。また、日ごろから懇意にしていた歌手の都はるみを新宮に招いて、神社の境内で何度か歌ってもらっている。
(小原)
【10/15毎日新聞(夕)文化面《全国版》】詩人・蜂飼耳さんが、都圭晴さん<この9月まで7年半文校に在籍>の第一詩集『ひかりさくかえりみち』(七月堂)を大きく取り上げる。

【都圭晴・第一詩集『ひかりさくかえりみち』(七月堂/1,700円+税)】
帯/細見和之・文校校長

【『ひかりさくかえりみち』目次】
巻末の添書き/高田文月・文校チューター
1992年生まれで大阪市在住の都圭晴(みやこ・よしはる)さんは、大阪文学学校に2013年4月から1年間、18年4月に再入学して25年9月まで7年半在籍されています。そのうち一番長くいたのは、夜間部/詩・エッセイ/高田文月クラスで、20年10月から24年9月までの4年間。
『ひかりさくかえりみち』には、第44回(2024年)大阪文学学校賞<詩部門>で佳作[第2席]を受賞した「硝子細工の夜」も収められています。
在籍7年半の間に、大阪文学学校学生委員会の委員長を1年間、『樹林』在校生作品特集号のキャップを2年半務めています。
現在は、詩誌『VOY』、同人誌『組香』などで活動中。
(小原)
作品未提出の通教生のみなさんへ。
今秋期1回目の作品をまだ提出していない通教生31名(115名中)の方へ、おととい(火曜)の夕方、激励のハガキを投函しました。
以下のような文面です。
秋の気配は徐々に深まっていきますが、お元気でしょうか。
通教部の25年度秋期第一回提出作品の締切は一応、10月11日(土)でした。しかしながら、貴方からはまだ作品が届いていません。
スクーリングのテキストとなる通教部作品集(『樹林』25年12月号)の掲載対象からははずれますが、提出作品は二週おくれの10月25日(土)まで受け付け、担当講師からアドバイス批評(個別評)は得られます。「文校ニュース」作品評にも載ります。
あきらめてはいけません。誰しも〝締切〟との闘いのなかで書いています。尻切れとんぼでも結構ですから、ともかく書いて一日も早く、事務局まで作品を届けてください。作品を提出することが、文学学校と緊密につながれる最善の方途です。その作品は希望するなら、プレ・スクーリングの合評俎上に載せることができます。
なお、このハガキと提出作品が行き違いになる方もあるかと存じますが、ご了承ください。



